彼女は彼女を天使と呼んだ(39)
すると部屋奥から反応があった。「着替えくらいさせろよ」
「全裸かい?」
本橋美砂のひとことに母親は吹き出した。
「違うよっ!」
奥から全否定。
「ムキになって否定するなって。ねぇ理絵ちゃん」
「えー、ノーコメントということで」
「面白いお嬢さんだわ」
玄関三和土で待たせてもらうと、果たして彼はTシャツにジーンズにくしゃくしゃ頭に。
夜のとばりがもう間もなくという屋内で、何故かサングラスをして出てきた。
ちぐはぐ……しかし理絵子は笑いを奥歯でかみ殺す。笑ってはいけないと強く制する気持ちがある。
彼は必死なのだ。何かを隠したくて。
この事態に、まずは彼の母親が彼の後頭部をひっぱたく。
「いて!」
「この馬鹿息子が。全く呆れた……取りなさいよそんなもの。家の中でどーいうつもりよ。そもそも失礼でしょうが。ヤクザかあんたは」
「うっせぇな……あ、その、どうもありがとう黒野さん」
黒野と呼び捨て。次が理絵ちゃん。今度は黒野さん。
「私には?」
本橋美砂が自らを指差して要求。
「あ、もちろんあんたも」
「いい態度だねぇ」
ちなみに一連のセリフを本橋美砂は眉根ひとつ動かさず口にしている。
理絵子は苦笑い。
「あとこれ書きかけだった教員心理図解ね」
図書館で取ったコピーを取り出す。
「書いたけど多分こんなあんばいだから。謀(はかりごと)まかり成らんとブチ上げて連中の裏掻いてやろうよ」
勘違いと隠し事。その所在には知らん顔して、ただ用件のみ伝える。口調が自ずとソフトになっている。と、後で気付いた。
コピーを手渡す。
「あ……」
触れ合う手と手。電撃を食らったような彼の反応。
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