彼女は彼女を天使と呼んだ(59)
事実はひとつである。そして、差し示す方向も明らかである。
ただ、まだ、僅かに余裕がある。彼女がこのまま何もせずそうするとは思わない。
理絵子は言った。
「みんなごめん、あれは由佳だ。自殺する可能性がある。体操マット持って2班に分かれて校舎の表と裏へ」
どよめきと目線。
「お願い。彼女自身は私が」
理絵子は言う。由佳のりぼんは自分のものだ。
彼女は昨日、駅で見たのだ。
あの場面を。
糸山が動いた。
「おう!じゃあ男子10人ずつ」
「女子も体力自慢は加わろうぜ。先生さぁ。出来れば他のクラスにも声を」
桜井優子が声を発し、担任竹内を真っ直ぐに見る。
「わ、判った」
クラス全体が動き出す。階段を下りて行く級友達。
理絵子は彼らを見届け、彼らの背中に願いを託し、北村由佳が向かったであろう方向へ走り出す。事件の現場になった4階最奥……第2音楽室。
ささやかな献花台で入り口引き戸は塞がれているが、その台は置いてあるだけ。
今、台は倒され、花束の幾らかが床に落ち、引き戸は開いている。
躊躇無く、しかし慎重に理絵子は中へ入る。音楽室としての機能停止後、10年以上放置状態だった部屋だが、事件の痕跡隠しもあろう、ピアノなど持ち出されて完全にがらんどうになった上、床天井張り替えてリニューアルした。
その新しさが無機質な無人空間。視線が捕らえたのは、北風に翻るカーテンと太陽の中の少女。
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