彼女は彼女を天使と呼んだ(71)
聞かなくてはいけないが、聞きたくない。
その、聞くのが怖い。
理絵子もそれは重々承知。もちろん言ってしまえば彼女が楽になる内容。ただ、お気楽に、しかも額面通り受け取ってもらう必要があり、それには準備がいる。
理絵子は取り敢えずはメタボ氏を手伝い、高千穂登与をベッドへ横たえた。
「後、任せて頂いていいですか?」
理絵子は教諭二人を見て言った。
生徒が教諭に『私に任せろ』と言うのも滑稽ではあるが、これは〝超心理学(パラサイコロジー)〟の範疇であり、教員採用試験には出て来ない。
メタボ氏は不服そうな顔をしたが。
「花井(はない)さん。女の子同士ですから」
養護教諭はあっさり言った。
「そ、そうですか……」
メタボ担任花井は、仕方ないとばかりに言い、養護教諭に背中を押されて退室した。
さて。
理絵子はまずベッドに仰臥の高千穂登与の様子を伺う。その表情は苦悶に歪み、引き続き汗の粒を額に浮かべている。小刻みに震えているので高熱かと触れてみたら、恐ろしいほど歯を食いしばっている。
抑圧していた感情の表出だろう。そして睡眠前の記憶の反芻と同じく、失神前の出来事が夢という名で蘇り、彼女の意識で織りなされている。
それは悪夢に相違あるまい。干渉して抑止することは可能である。ただ、抑圧を解放するためには、止めてはならない。
人間、間違いを認識し、受け入れることは心の傷だろう。だが、それを避けてばかりでは、恐らく心は歪む。傷付かないと傷の直し方も判らない。
理絵子は備品棚から勝手にタオルを出し、高千穂登与の汗を拭うと、北村由佳のベッドの傍ら、養護教諭が座っていた椅子に腰を下ろした。
「北村さん」
改まって呼ぶと、北村由佳はワンテンポあって。
「うん……」
返事のようでもあり、拒絶的でもあり、無理にセリフの形に書けばこうなる。
「あなたが昨日見たのは、彼が私に気持ちを伝えたところ」
ズバリ本質を端的に述べる。遠回しに言って、後は悟って下さいね、って類でもない。
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