【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【14】
〈名前は?〉
ギガノトアラクネは尋ねました。
「瑞穂豊(みずほゆたか)」
〈ではゆたか君。話した通り織り姫に届ける糸が届けられず困っている。君なら〝悲しみの風吹く谷〟を通れる。糸の運搬を君に頼めればと思うんだが〉
ゆたか君は目を真ん丸。恐怖?いいえ違います。
見込んで頼まれたことが過去にないから。
「私も一緒に連れてってくれると嬉しい」
私は言いました。この件は初耳なので妖精の仲間で谷の状況を見た者はないはずです。それに、妖精一人で行こうとすれば、軽くできてるこの身体が吹き飛ばさてしまうでしょう。彼に任せるに近い形になりますが、住人として理由を知り、後始末を見届ける義務がある。
「要するに糸持ってその谷越えて姫様の所へ行けばいいんだな?」
〈その通り。頼まれてくれるだろうか〉
「オレのクモたちが推薦してくれたんだよな」
〈そうだ。君には優しさと勇気がある、と〉
「断ったらクモたちの期待を裏切るじゃねぇか」
ゆたか君は歯を見せてニッと笑いました。
その自信に満ちた表情はさっきの自暴自棄ぶりがまるで別人のようです。揺れる心。わずかな変化で両極端にこっちからこっちへ。
感度の良すぎる振り子のように。
〈心強い。我らの族長も喜ぼうぞ。契約をしたいのでアミシノまで共に来てくれぬか?〉
ギガノトアラクネは大きな身体を動かして傾け、歩脚を二本ピタリと揃えて彼に向けて伸ばし、スロープ状にしました。
つまり、ここを昇って身体の上に乗ってくれ。
「すげぇ!」
ゆたか君はひとこと言うと、早速脚を昇り始めました。
背中(頭胸……とうきょう……部の上)に乗ったところでギガノトアラクネが糸を出して〝シートベルト〟。
巨体が快速を飛ばして草の上を走り始めます。私は背中の翅でついて行きます。手のひらサイズのクモであるアシダカグモは、逃げ足の速いゴキブリを捕らえることで知られます。同等のすばしっこさをこの巨体で備えています。
森と草原の境を走り、見えてきた山の中腹に、何だかもやが掛かったような一帯。
(つづく)
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