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彼女は彼女を天使と呼んだ(79)

 ……後先考えないのが無差別殺人。そんな父親の言葉を思い出す。
 あの手の事件がコンプレックスに基づくものであるなら、北村由佳のコンプレックスは、対比の対象は、まさしく自分。
 自惚れではない。そういう視点が彼女の裡にあったに相違ない。『理科凄かったね。訊きたいんだけどさ』『数学のこの答え、先生の解説じゃどうしても判らなくてさ』……単純に訊いてくれればいいのに、それこそアイロニー的に何か一言付け加えるのだ。
 その真意。ニコニコしながら心の底ではお前気に食わない。
 でも自分に利するならまぁいいか。
 ひょっとして、クラス全員が果たして自分の味方と言い切れるか?
 刹那。
 眼前に飛び込んできた北村由佳の脇腹に、人体がどーんとぶつかってくる。
 彼である。健太君がサッカーのディフェンス〝故意のファール〟の流儀で身体をぶつけてきたのである。
 学ランとセーラー服が保健室ベッドの上でヘビと竜の如く絡み合い、そのままベッドの向こうへ落ちる。
 ハサミが北村由佳の手を離れ、床の上を転がっていったのは音で判った。
 それは、ハサミが己れの身に刺さるリスクを承知で彼が飛び込んできたことを意味した。
 果たして、少女を抱いて立ち上がった制服の男があった。
 こめかみから血を一筋。やはり怪我をしたようだ。荒い息をし、肩を上下。
「大丈夫?」
 理絵子は訊いた。
 即座に養護教諭が入って来たので、彼女と彼の傷は任せる。北村由佳はもう良いだろう。
 感情は爆発させたからだ。後は目の前の事実を彼女が受け入れるだけの話。
 彼が彼女をベッドに横たえる。スカートの裾をきちんと揃えて。
「昨日……変な電話がかかってきたんだ。一言、『見たよ』って切れた」
 養護教諭が彼をベッドの上に座らせる。壁の突き刺さった用具を引き抜き、オキシフルとガーゼで傷の手当て。
「理絵ちゃんにコクった後……」
 彼は理絵子に告白した後の昨夜の出来事を話した。徹夜で〝こころ〟を読みにかかった。そこで友達からメールが来て裏掲示板の情報を知ったという。

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