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気づきもしないで【8】

 運賃を借金して改札から出る。アスファルトのひび割れた細い道が延び、国道の向こうは田んぼ、その向こうは里山。
「えーと……」
 成瀬はネット地図のプリントアウトを開いた。
 地図上の赤い十字が目的地……。
 なの、だろうが。
 地図はえらく大ざっぱで、この駅前から国道へ続く道すら載っていない。
「あれ?どうやって行くんだろ」
 しかも南北逆さまに見てるし。
 オンナだねぇ。
「お前何でこんなデカイ縮尺で出すんだよ」
「だって駅から家まで全部入るようにしたら……」
「でかすぎると細い道出てこないんだぜ?……貸せよ」
 こうなったら〝その方向〟へ行くしかない。線路と国道を基準に地図の向きを回し、赤十字の方へ近づく道を探して国道を南東へ。
「ちなみに1キロあるから」
「キロ!?」
 頓狂な声は考え違いの裏返しだろう。
 オレは成瀬に地図を見せ、スケールと長さの説明。指の長さでこれだけ分は……。
「あ、本当だ……」
「しかも直線距離で、だかんな。曲がって曲がってだと三平方の定理になる」
「数学キライ」
「お前みたいなのが詐欺に遭うんだよ」
「それ幼なじみに言うセリフ?」
 よく言う。
 ともあれ、喋りながら歩くのは、1キロの距離感を余り感じさせなかったようだ。
「お喋り娘もたまにはいいことあるな」
「何それ」
「男の秘密」
 地図中の水の流れが用水路だと思うんだが。そこから先の道が描いてない。
 途中水門の所に男性がいたので道を尋ねる。ランニングシャツに日焼けした肩腕。首には手ぬぐい。足下には刈り取ったらしい雑草が山積み。田んぼの手入れだろう。
「すいません。この辺りに古淵さんってお宅は」
 オレが尋ねると。
「古淵ならいっぱいあるが?どこの古淵だい?お前さん達見かけない子だな。ここらでお前さん達と同じなのは雪乃(ゆきの)ちゃんくらいだからな」
「あ、その雪乃ちゃんのお見舞いです。本校から来ました」
 成瀬が言った。
「そうけぇ。お前さん達本校地区の子かえ。ちょっと待てな。案内するで」
 男性はそう言うと、ランニングシャツの下からストラップを引き上げた。

つづく

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