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彼女は彼女を天使と呼んだ(88)

 以上自分の理解を待ち、自分の中に誰かが入る。狼に続いてたった今到着し、自分を霊媒に、顕れる霊的存在。
 自分と同時にここにいるそのひと。
 それは。
〈さよう。我が身に降りしはアルヴィト。我が言葉に従い、この者にその身任せるならば、汝オーディンの傍らに座することになろう。或いは永遠に封じられるか。選択せよ誇り高き戦士エインヘリヤル〉
〈おお、おお、ヴァルキューレのアルヴィト。いにしえのエッダに名を連ねるアルヴィト。やっと、やっと我が元に……〉
 古代の戦士エインヘリヤルは歓喜の涙を流した。
 太古の戦場。
 それは破壊された人体片が累々と横たわる凄惨な状況であり、それら遺骸にはやがて狼が群がる。
 潰えた戦士が狼に屠られる。それを、主神オーディンが天の戦へ召還する儀式と捉え、神聖化する。
 ニーベルングの更に源流、北欧神話である。対して魔戦士の彼は敗残として晒し者にされ、放置され、故にその魂は行き場無く流離ったのだ。
 単に〝助けて〟欲しくはない。戦士としてまっとうな最期を遂げたい。当然の反応であろう。
 彼を救うのは誇り高き死だ。
「時は来た。選択せよ戦士エインヘリヤル」
 理絵子は同時存在の意志を肉声で発した。彼が人間の戦士であったことへの敬意として。
〈オーディンの元へ〉
 彼は間髪を入れず答えた。
「よろしい。屠れ狼」
 理絵子は傍らの使者に命じた。
 狼は応じると、牙を剥き駆け出し、魔法円へ突入した。
 そして、二本の後脚で立ち上がると、見上げるような大きさで流浪の戦士へ躍りかかった。
 巨大な灰色の身体が舞い飛び、首を振って戦士の四肢を食いちぎり、内蔵をえぐり出す。
 血にまみれた戦士の昇天。
〈おおこの痛み我が喜び。喜んでこの身捧げようぞ〉
 凄惨そのものの状況を呈して、戦士エインヘリヤルは血肉の塊となり、噛み砕かれ、人としての形象を失い、四散し、狼の餌となり、飲み込まれ、消えた。
 身につけていた鎖の鎧がガシャンと音を立てて落ち、錆の付いた剣が横たわる。その中に偉躯の狼が四本の脚で立ってあり、血に染まった顔をこちらに向け、口の周りを舌なめずり。
 儀式の終わりである。対し墓標を組めと指示する声があった。理絵子は魔法円へ手を伸ばし。
 その必要はなかった。そういう意志を持つだけで良かった。

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