彼女は彼女を天使と呼んだ(110・完結)
「あのね健太君」
「黒野さんあのさ」
二人は同時に声を出した。
「先に」
「レディファースト」
これも同時。理絵子は父親とのやりとりを思い出し、小さく笑った。
「前言撤回」
しかし、理絵子が譲るより先に、彼の方が言った。
「え?」
「この間の件。君が好きだって話」
どき、っと、心臓が文字通り音を立てた。
鞄を握る手に、自然に強く力が入り、固くなる。
それは、言わなくちゃだけど。
だから、言おうとしたのだけれど。
「一旦、撤回させてくれ。でも、嫌いになったんじゃない。ますます好きだ。だけど」
理絵子は彼を見返した。
予想外の展開。
ひょっとして、これも、あなたの手練手管の一つ?
しかし、彼の目は自分を見ていない。そのふたご座をバックに、街のクリスマスイルミネーションを瞳に映して。
理由を待っていると。
「思ったんだ。もし万が一、君にイエスと言ってもらったところで、オレって君を楽しませるネタ何もないんだなって。ちやほやしてくれる女子いるけど、オレってそれだけなんだなって」
彼に関して、ずっと心に引っかかっていた事実がひとつ。
彼の母親がつぶやいた一言……部屋に女の子が来たことがない。
その理由が判る。かっこいいと言われ、それを本人も把握している。でもカノジョがいるわけではない。
自室というのは、自分の中身の反映という側面もあろう。カバンも然りだ。
女の子にモテること。それが彼のレゾンデートル。
しかし中身を見せるには抵抗。
つまり、彼も、自分に自信がなかった。
「だから」
彼は沈黙を嫌うように言葉をつないだ。
「男を磨いて再挑戦する。その権利を僕に与えて欲しい」
理絵子を見る。
理絵子は彼を見返し、小さく笑った。
「それって2回目の告白そのものに聞こえるけど」
多分手練手管。だがしかし。
「ちっ。バレたか」
彼が歯を見せる。言ったことは、恐らく、ウソではない。
実際問題、イエスと言ったところで、それ以上進まず、止まる気がする。
今のままでは。
「いいでしょう。あなたの言葉を一旦ログから消します」
理絵子は自分の頭を指さして言い、次いで、まさにツンデレよろしくお高くとまると。
「権利与えます。学年イチの美少女と誉れ高いわたくしを落としてご覧なさい」
スカーレット・オハラの流儀。
……誰も、見て、ないよね。
「ありがとう」
彼はまず言い、
「この背中に翼生やして必ず追いつくから。その時まで、君は僕の憧れの天使」
彼女は彼女を天使と呼んだ/終
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