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彼女は彼女を天使と呼んだ(91)

 髪の毛はアルヴィトが手にすると魔法の手際を持って黄金の糸で束ねられた。アルヴィトは馬から下り、登与の眼前に腰を下ろし、髪の毛をその手に持たせた。
 戦女の手が殊の外温かいことに登与が驚いている。
〈怖くなったらこれを見て私を思え。それでも尚怖いのであれば私の名を呼べ。私はそなたに加勢しよう。必要とあれば仲間を伴い馳せ参じる。我が名はアルヴィト〉
 すなわち、お守りであり、彼女の味方であることの証。
 それは彼女的表現を使うならば、〝守護霊〟。
 守護霊がヴァルキューレ。
 その強靱な支持と理解は、心に大きな根を生やすであろう。
〈は、はい〉
 登与は畏まって髪の毛を受け取り、胸に抱いた。
 アルヴィトは次いで理絵子を見、同様に髪の毛を一束託した。
 無論、お守り用途ではない。むしろ思い浮かべたギリシャ神話。
〈いつでも良い。いつか汝が戦の地を訪れた時、無名戦士の墓に供えて欲しい。我らは誰一人とも見捨てたりはしない。それは諸部族伝承に我らの名の有無を問わず。ヴァルハラは全ての戦士のために約束された地。それと、凜たる娘よ〉
 アルヴィトは理絵子に大剣の隣、短剣を抜いて差し出した。
〈この円はゴルディオンと化している。これを用いて解放せよ。汝の無垢の花びらを汚す必要はない〉
 アルヴィトは理絵子が手にしているりぼん……無垢の花びらを手に取ると、両の手で引っ張って、パン、と言わせた。
〈初見。その剣の代わりに我にくれぬか?〉
 意外な言葉に理絵子はちょっと驚いた。ただ、断る理由はどこにもない。
 むしろもらってくれるなら誇り高い。
〈髪結いにして飾りとするのがポピュラーです……高千穂さん手伝って〉
〈え?〉
〈この方の髪の毛バサバサでお帰り頂くわけには行かない〉
〈あ、うん〉
 二人して、聖なる女性の髪に触れる。手を櫛にして少し梳き、残り髪を丁寧にまとめて結わえ、小さくポニーテールとする。
 黄金の髪の毛を結ぶ白いりぼんの神々しさ。
〈凛々しくてございます〉
〈うむ。気に入った。先の者が霊界に達したようだ。後は任せて良いか〉
〈この剣に誓って〉
 理絵子は剣に聖女の霊光(オーラ)を閃かす。
〈オーディンに伝え置く〉
 理絵子が頭を下げると、ヴァルキューレ・アルヴィトは手綱を引き、円の彼方へと馬を駆って去った。
 小さいがずっしり重い聖戦士の剣。全体がプラチナ。
 十字架が今度は聖剣に変わった。それは剣そのもののように重い意味があるのであろう。が、だからって何か変えてはならないという認識がある。

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