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気づきもしないで【10】

 そこで犬に吠えられて話が続かない。怖くはないがやかましくて近所迷惑。オレ達は走って犬の庭先を過ぎ、その先の古風な家の玄関先に立った。
 手入れされた垣根に囲まれ、引き戸の前には打ち水がしてあり盛り塩。表札は御影石。
「立派そうな。なんか緊張するな」
 オレが言うと。
「だからあらぬ誤解を招いたのかもね」
 成瀬は言い、引き戸を開いた。呼び鈴もないのでこうやって「ごめんください」。
 下駄箱の上に生け花。
「うわすごい。それでか……」
 成瀬が目を剥くがオレには何が何だか。
「何が?」
「この花だよ」
「いらっしゃいまし」
 奥から上品そうな女性の声がして、着物姿が廊下をスススー。
「ああ、若林さんからお話があった成瀬さんね。雪乃がいつもお世話になっております」
 ということはお母さんか。
 どこか出かける直前……病気の娘を置いてそれはあるまい。
 てぇことはこの時代に母親が家で着物を着ている?
「そちら……ウワサの雪乃のボーイフレンドさんとか」
「ち、ちが」
「隣のクラスなんですけどね。是非お見舞いにと。雪乃ちゃんが代えてた駅の花を気にしてて」
 とりあえず自己紹介。
「町田大樹……です。今日はこいつの付きあ……でっ!」
 頓狂な声の理由。成瀬がオレの足を踏んだ。
「私に一人じゃ照れくさいから付き合えってうるさくて。まぁ女の子の家に男の子一人じゃ心細かろうとエスコートして参りました。幼なじみのよしみと言うことで。しかしこのお花すごいですね。思い出したんですが古淵さんって……」
 マシンガントークから聞き取れたのは「師範代」というコトバ。
 華道の先生。だからいつも着物。

つづく

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