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2009年3月 1日 (日)

彼女は彼女を天使と呼んだ(86)

 以上コンマ3秒。理絵子は鎖を手首に巻き付け、十字架を霊魂へ向ける。
 これに、霊魂の戦士は少々の驚きと興味を示した。

 意志:私と戦うつもりか?

 霊魂の戦士。浮かんだイメージは、トドメ刺さんと腰の剣抜く古代の戦士。麻薬の煙で鼓舞され、血まみれの呪術で戦場へ送り出された殺戮人間。

 意志:魔術など何も知らない小娘が

「悪いけど能書き垂れる趣味は無くてね」
 理絵子はそれだけ言った。こっちはこっちの流儀で行くだけ。
 手にしているのは十字架だが、形而上の世界に宗教紛争は存在するまい。
 十字架を手にした手を左上。
 そして真言と共に空を切る。
「臨、兵、闘、者、皆、陳、列、在、前(りん・びょう・とう・しゃ・かい・ちん・れつ・ざい・ぜん)」
 空中にチェック模様を描くように、横・縦交互に直線を描く。横に五本、縦に四本。文字の発声と同期して線を描く。
 凛と響く声で理絵子は九字を切った。
 十字架で九字を切った。手指で印契を結ぶか、さもなくば独鈷杵(とっこしょ)を使うのが密教の流儀であるが、理絵子は今、十字架を使った。
 聖なる道具に違いはないから。

 意志:それが何の意味がある。オレはこの通り何ともないが?

 ニヤリと笑った戦士のその顔は、泥と垢と食べ残しにまみれ、無精髭が野放図。
 野卑で粗暴で不潔そのもの。それこそガストンをむくつけき男に移植したイメージ。
「その代わり何もできないでしょ。柔よく剛を制すってね」
 理絵子が返すと、驚愕が戻ってきた。
 彼は束縛されていた。やはり高天原に宗教紛争はないようだ。そして、因果は不明であるが、霊魂と記述した姿が、今は実像を有して眼前にいた。
 それは、剣を振り上げたまま硬直した、神話世界のグラディエーター。
 チャンスである。
「高千穂さん!」
「嫌だっ!」
「魔法円を消しなさい。そのくらいやりなさい」
「嫌だ。嫌だっ!」
 この娘は。
 理絵子は高千穂登与の意識に露骨に入り込み、泥棒よろしく意志の手を突っ込んで知識を漁った。魔法円が血染めの場合は純白の布で拭き取れ?汚れをそちらに移して後、火で焼け?

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