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彼女は彼女を天使と呼んだ(87)

 純白の布。
 ならばこれがある。理絵子は髪のりぼんを手にした。
 戦士が察知した。己れは退路を断たれ、強制的に別の世界に送り込まれる。
 ただ、理絵子は彼を魔界へ戻すつもりはない。なぜなら彼は元々〝人〟だからだ。ならば彷徨い来る〝訪問者〟達と同じで、本当に必要なのは慰謝と救いであるはず。
 彼らと同様、救う道はないのか。
 だが、魔戦士と化した彼に取り、助けられる、というのは屈辱であるらしい。
 魔の軍門に下った故には、そうした虜囚の屈辱感もあるらしい。
 そこを解除しないと彼は納得しない。
 その方法は。力任せではなく。

 意志:やめろ

「悪いけど返すわけには行かない。あなたが行くべきは魔界ではなくヴァルハラのはず」
 理絵子は戦士の持つ神話的、欧州的イメージから、戦士が死して赴く場所として〝ニーベルングの指輪〟に出てくる聖地を引いた。
 すると思いも寄らなかった反応を得た。以下会話の形式を用いる。
〈ヴァルハラ?なぜその地を知る異郷の娘よ〉
 その時。
〈遠き狼と鴉の声による、ラグナロクにはまだ早い〉
 理絵子は突如思い浮かんだその言葉をまず告げた。自分自身何を言っているのか意味不明だが、聖句に属し、言って良いとは判った。
 続いて示唆が訪れる。異国の娘よ、まず言葉だけ先に送った。次に使い手が到着する。
 今しばらく待て。
 理絵子は知った。誰かがここへ来ようとしている。無論味方である。
 程なく、背後から灰色の毛で覆われた獣が現れ、傍らに座した。
 こちらを見て一回尻尾を振る。大きな狼である。もちろん霊的な存在、神格化された〝犬神=大神〟である。なお、狼の扱いに関するこの点は洋の東西を問わず不思議と共通。
 この狼こそ先んじて到着したその使者。
 狼は顔を魔戦士に向け、対し理絵子に尻尾を一回振った。
 〝OK〟のサインである。狼は自分の命令を待っている、と理絵子は知った。その命令とは。
 引き続き示唆が来たので言葉にする。
〈戦士エインヘリヤル。汝オーディンの裾に額を付けるを欲するか〉
〈そなたヴァルキューレ〉
 驚愕を含んだ戦士の言葉を受け、狼は理絵子を見た。理解の有無を問うようであった。
 十字架で九字切って、開いた世界がどこに繋がったか、理絵子はようやく理解した。
 ルーン文字の世界。であればこの狼はケニング(暗喩)に言うヴァルキューレの馬。

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