彼女は彼女を天使と呼んだ(89)
狼が剣を口にした。首をひねって器用にその場に突き立て、同様に鎧を咥えて再度二本脚で立ち、剣の柄へ引っ掛けた。
剣と鎧の墓標。これで彼を〝送った〟ことになるようだ。
すると、その時を待っていたように、狼と理絵子との間に、燦然たる白さの馬が蹄の音と共に降り立った。
馬の背には手綱持つ女性の姿があった。金色の髪をなびかせ、理絵子達を真っ直ぐに見ている。
古エッダのヴァルキューレ、アルヴィト。
全知という名の聖戦女。
〈異国の娘よ。汝の対応見事であった〉
碧眼の女戦士は理絵子を見て言った。
〈畏れ多きこと〉
理絵子は胸に手をして思わず跪く。霊的にとてつもなく高みの存在であることは、それを推し量ることすら失礼と感じるほどであった。
〈そちらの娘へ取り次いでもらえぬか〉
高千穂登与のこと。
〈彼女は恐れております。心開きますかどうか〉
〈手にあるそれで触れてくれればよい〉
ロザリオ。この場で唯一の聖具。円を切った動機。現在、霊界通信機。
〈承知しました〉
理絵子は答えると振り返った。部屋の隅、物理的に逃げられる限界の位置で小さく縮こまり、胎児のように丸くなり、両耳を押さえ臥している娘。
理絵子は彼女の傍らに膝立ちとなり、身を屈め、側頭部に十字架を触れさせる。高千穂登与は一瞬、身体をびくりと震わす。
しかしすぐに真実に気付いたようである。伴い彼女は縮めていた身体を夜明けの花のように少しずつ解き始める。
呼応して光が登与の身を照らし始める。その明滅し踊るような蛍光は、オーロラを思わせる。
オーロラは天翔るヴァルキューレの鎧煌めく姿という。
〈シャーマンの娘よ。恐れることはない。面(おもて)を上げなさい〉
怜悧にして穏和なトーンで、馬上の聖女は高千穂登与を呼んだ。シャーマン……一瞥で見抜くのは当然か。
「は、はい」
絞り出すような声。ただ、女神に近い存在であり恐怖の対象ではないとは、高千穂登与も認識したようである。
恐る恐る、顔を上げる。血の気が引いたのだろう、その顔の白いことは紙を思わせる。
次いで理絵子の背後に気がつき、ハッとしたように目を見開き、その場に正座の姿勢を取る。
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