【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【18】
ゆたか君は屋根網の下から走り出して言いました。2本の木の幹の間に、大きな網がひとつ作られ、黄色と黒の縦縞模様の手のひらサイズ。
〈……あら妖精さん。え?人間?〉
「すっげぇ初めて見た。あ、お前成熟個体じゃん」
ゆたか君はオオジョロウグモの懸念などお構いなしです。巣の表へ裏へ回ってクモの体を観察します。
〈その少年が糸を届ける〉
コバルトブルーが言いました。
〈でも……〉
〈自ら名乗り出たのだ。地上の者達の推薦という。だったらお手並み拝見だ〉
〈判りました。では荷を作ります。幾つ運べますか?〉
〈少年。一つ持ってみよ。幾つなら持って行けそうだ〉
「待てよ……」
ゆたか君が糸玉に手を伸ばします。
どのくらいの重さなのでしょう。私にも手伝えれば……そう思って私が糸玉に近づいたその時。
〈あなたは触れてはならぬ。妖精の君〉
〈え……〉
理由を言うからゆたか君に取り次ぐな。コバルトブルーはそう言ってこう伝えてきました。ひとつ、アラクネが織り上げたもの……トガとして完成したもののみ触れて良い。糸は布となって初めて天のものとなる。それまでは地のものであり、天の生き物である妖精が触れることは禁忌。
そしてもうひとつ、この糸を運ぶ者には条件と権利がある。今の場合ゆたか君にしか許されていない。
運んでいいのはゆたか君だけ。妖精は触ってはならない。
〈判りました〉
「3つだな」
頷き、少し距離を取る私の横で、ゆたか君が糸玉を両手で抱えて言いました。
距離を取ったのは、彼がポンポンと弄んでいるので、転がり落ちれば私が触ることになるから。
オオジョロウグモが巣から降りてきて、糸玉に糸をかけ始めます。ゆたか君が背負えるように輪を作る由。
その作業をギガノトアラクネが制しました。
〈3つ?軽いと思って甘く見ないほうがいい。閉ざされた道を開くだけだ。ひとつにしておけ〉
「平気だよ」
「私もそこで何が起こっているのか様子が判らない。イザという事態になっても私が手を出すことは出来ない。一回織り姫のところまで行き着くことが……」
(つづく)
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