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気付きもしないで【18】

「大樹君は義理なの?」
 一瞬ドキッ……と書きたいがリアル義理じゃないのでそんなことはない。ってか、義理の方を忘れてた。
「義理はこれ。数学のプリント預かって来たの忘れてた」
 それは一学期のおさらいテストみたいなヤツで、先生にパソから出してもらった。
 取り出して見せたら。
「ゲッ」
 両手を挙げて眉根を潜める有様は、まるで時代劇のお姫様が唐突にスイーツ言い出したような唐突ぶり(なんだこの二重表現)。
 オレは当然驚いた、が、同時に嬉しくも思った。そういうおどけた身振りは〝素のまま〟じゃないと出てこないからだ。
 安心してくれている。オレはそう思い、フッと笑って、
「そんなキャラ?」
「うん」
「なんかスズランとか月見草みたいなイメージがあったから……」
「お上手。名前のせいでしょ。花で言えば……どれっていうとスミレかな。パンッて弾けるけど貧血で真っ青になって倒れたり……」
 彼女はどうも他人をノセるのが上手なようだ。オレはこのようなペースで彼女にそれこそ月見草が花咲く頃までお喋りに巻き込まれ。
 プリントをすっかり忘れた。
 そのかわり、『来週から本校に通いたい』という彼女の言葉をもらってきた。
 そして翌日。
 登校時間を使って成瀬と情報交換。キャラ弾けて喋り倒したと言ったら、羨ましいと返ってきた。
「でもそれ、タイキのこと『よそ行き顔』で見てないって事だよね。彼女、心開いてくれたわけだ」
「ああ、まぁな」
 オレはこの時成瀬の顔をこれっぱかしも見なかったと思う。
 頭の中は彼女のことばかり。その笑顔、その声、その仕草。
 夢中になったのだ。
 だから。
「おまえらおはよー」
 成瀬と別れ、妙にハイテンションで自分の教室に入り、自分の席にカバンをぶら下げて、教科書を机に押し込み、ひょっと顔を見上げるまで、クラス中の特殊な目線に気付かなかった。
 右を見る。目を逸らす。
 左を見る。目を逸らす。
 みんな黙り込み、オレの周囲だけ空気が冷たい。

つづく

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