【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【32】
まるで降り積もった新雪に踏み込んだ時のように。
「うわ!」
「あっ」
私は彼より遥かに軽いと書きました。伸縮自在ですから、人間サイズの時、密度は低いわけです。水に浮かぶ船と同じ。
だからこの〝大地〟に立っていられた。対し彼は普通の人間。
彼はとっさに糸玉を掴み、私も腕を伸ばして彼の手首を掴み。
彼は首までズブズブ潜ってようやく止まりました。
しかしそこまで。密度の低い私と、密度の低い糸玉で、彼を支えるのが精一杯。
「翅を使う。目を閉じて少しの間息を止めて」
「妖精さんこれ昆虫の死体だ」
「え……」
言われて、すぐ目の前の〝土〟に焦点をずらします。
彼は続けて、
「カブトとか、スズムシとか、色はみんな茶色だけど、これ、そうだよ」
セミの抜け殻を見たことがありますか。あんな感じの、虫の形をした殻。
セミの抜け殻を手で握るとどうなるでしょう。さっき私の服や髪に付いていたのは、そんな、バラバラになった、虫の外殻。
この赤茶けた〝大地〟を構成するのは、夥しい数の虫の遺骸。
虫の遺骸の大地。
「あっ……」
ザラッと音を立て、ゆたか君の身体が沈み込もうとします。
驚いている場合じゃない。
「目を閉じて」
「うん」
背中の翅にモノを言わせます。羽ばたいて彼をここから……。
しかし。
私はすぐに自分の失敗に気付かされます。私のしたことは、さながら砂の山で扇風機。
羽ばたいて虫たちの遺骸がバサーッと舞い上がり掘り返され、
舞い上がった遺骸は私の翅にぶつかって羽ばたきを妨げ、気流が不十分。
幾千幾万の遺骸に包まれ、まるで水の中で手足ばたつかせてもがくのと一緒。
掘り返されていっそう深くなった穴に私たちは落ち込みます。自分の翅で穴を掘って、そこに落ちる。
手足広げて、翅も〝大地〟に張り付けて、どうにか沈むのが止まりました。
でも、そこまで。
それ以上何も出来ない。ペンダントを引き出そうにも、手を動かすことも出来ない。
(つづく)
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