【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【30】
次の変化に私は気付く。
「みんな、私の服の中へ」
〈はい〉
クモ達がトガの中に潜り込んで程なく、風がピタリと収まりました。
体が風の力を失い落ちて行きます。私は身体に絡んだ糸の隙間から翅を差し伸ばし、
滑空して、
私の身体から長く伸びる、幾重もの糸の束を、力一杯引きます。
子どもさんを、人間の子どもさんを、私自身の翅の力で抱え飛んだことが過去に一度だけある。
「ゆたか君!」
私は叫びました。言伝のみ?そんなこと気にしている事態じゃない。
私の声は谺を伴い谷間に広がって行きます。
しかし返事がない。
ゆたか君からの返事はない。
天国の誰すらも知らぬ谷底へ……
いいえ。ただ、遠いだけ。
私は信じて糸を引きました。
そう。勇気ある者の勇気が報われない世界ではない。
天国であるが故に。
私は祈って糸をたぐりました。たぐりよせ、ゆるんだ分を口にくわえ、再びたぐり、口にくわえ。
それは糸の長さを調整するそれこそクモの流儀。私は何もかも忘れ、ただ糸の伸びる先一点を見つめて。
〈妖精さん〉
クモの子から声があり、私は作業を中断します。
ふと見ると地面。
「あっ!」
私は思わず声を出しましたが、土の上に叩き付けられ、という感じではありません。
豪雨の後の腐葉土……それとも濡れたスポンジの中に、ドサッと落ちた。そんな感じでしょうか。
どちらにせよ言えること。元の地面じゃない。
対岸。
(つづく)
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