【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【33】
〈助け糸を出します〉
子グモ達が中から出てきて糸を流します。風によって運ばれて、誰かがそれに気付いたなら、糸をたどって助けに来てくれる。
私の指より小さなクモ。縮んだ時の私より小さなクモ。
「誰か助けて!」
私は叫びました。
声が響き、広がり、吸い込まれて行くのが判ります。生まれて……200年以上……初めてかも知れません、誰かに助けてと頼んだのは。
かろうじて見えるあまた細い糸の煌めき。
遺骸の大地が流砂のように少しずつ動いて行くのが判ります。
このままだと私たちは流されて落ちる。潜り込む。
私は目を閉じます。そうなった時でも、脱出する手段はないか。
顔に触れるわずかな感覚。
私の身体から伸びた糸が数本、リズミカルに引かれます。
そうリズミカルに。
「え……」
近づいてくる間違いなく足音。誰か来ます。複数でしょうか。この〝大地〟でも歩き回れる存在。
〝対岸の住人〟私が受け取ったイメージはそれです。
よぎる頭上の影。
「つかまりなさい」
流麗な人語と共に目の前に糸が降りてきました。いえ、降りてきたと言うより、投網の要領で投げ込まれた糸の束です。
「ありがとう」
私は答え、糸を掴み、〝人語〟の意味するところに気づき、振り仰ぎます。
人間型生命体。
しかし、私たちに掛かる影の姿は。
「すげぇ…」
ゆたか君は影の主を見上げ、思わず、といった感じでそう呟き、目を見開き、黙り込みました。
織り姫アラクネ。
腕前が完璧すぎて女神アテナの怒りを買い、クモの姿に変えられたというギリシャ神話の機織り娘。
しかし、私たちの上に糸を下ろしたそのひとは、人間の女性の象徴である豊かな乳房を持っています。
ただ、その乳房の両脇からは、人間さんの腕が左右2本ずつ4本。足が、左右2本ずつ4本。
つまり8本の脚は人間の手足の形。しかも、普通の人間さんサイズの2倍の長さ。
腹部だけはクモです。それ以外は、クモの特徴を備えた人間の身体。
(つづく)
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