【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【36】
空っぽに見えたガラスのポット。しかしテーブルのカップを並べて傾けたら、中から紅茶が出てきました。
この種の魔法はこの世界の住人の流儀です。私がちょっと驚いた顔をしたら。
「つまり私は人間には戻れないってことさ。悪いけど仕事させてもらうよ」
アラクネは言うと、テーブルの前に座り、ゆたか君の持ってきた糸玉から糸を引き、手足を駆使して凄い勢いで織物を始めました。
「戻れないって?」
溜息混じりの悔恨の言に、ゆたか君は心配そう。
「古い話さ。知らないなら訊かないこった。それよりお前さんの話はどしたい。まともな人間は3623年ぶりでさ。食べたいほどウズウズしてんだ」
アラクネは牙を見せてニヤッと笑うと、テーブル中央に手の一本を突っ込み、中から何かつまみ出して口にしました。
くちゃくちゃくちゃ、ぺっ。
吐き出して屋外に転がったそれは昆虫の殻。
この〝遺骸の大地〟……まさか。
「ああ、大昔日本は暖かかったっていうから、大型のクモがいても別に変じゃないよなって。例えばカブトガニってクモに近いって言われててデカイだろ。あれは今でも日本に住んでる。海にカブトガニがいて陸上にはクモがいた。変じゃないと思う」
「化石なんかは出たのかい?」
「ないよ。ただ、化石で残る固い部分もないし。化石がないからいなかったっていうのは証拠にはならない。それに、日本では火山噴火が多いせいか、人間や他の動物の化石自体少ない。ただ、ひょっとするとでかすぎてアノマロカリスみたいに何かの部分だって思われてるだけかも知れない」
等々と喋る彼の口調は子どもの物言いではありませんでした。
ピアノを弾く彼とは大きなギャップを私は感じました。虐げられる自分と、嫌われるクモに共感を覚え、興味を持って飼うようになった。でも、彼はそれ以上に自ら進んで、そこまで知った。
自ら進む。これが何より大事ではないでしょうか。ちなみに、アノマロカリスはカンブリア紀の大型肉食生物で、当初カマ状の腕、口周りの化石が見つかったのですが、それぞれ別の生物と考えられていた、という経緯があります。
(つづく)
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