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桜井優子失踪事件【1】

【扉】
 
 ごそっと抜け落ちた。
 そんな感覚に理絵子(りえこ)は深夜の自室で身を起こす。汗に濡れたパジャマと、東の空低い月齢23。
 息づかいが荒い。夢を見ていたのだろうが、しかし思い出せない。
 残っているのはその〝抜け落ちた〟という感覚だけ。だが、肝心な抜け落ちた実体が何なのか、ピンと来ない。
 夢は起きてから覚えていないと言うが、理絵子の場合、夢は多く何らかの〝示唆〟であって、忘れてしまっては意味をなさないのである。なお、示唆とする理由は後述する。
 何の示唆だったのか。気になるので少し考える。思い出そうと試みる。濡れた手のひらを開くと、弱い月明かりにキラキラ光っている。文字通り手に汗握っていたのである。
 しかし記憶の断片よりも先にくしゃみが出てしまった。
 室内とはいえ真冬の夜明け前。
 とりあえず、布団に戻って考える。
 
【序1】
 
 考えているうちに再度寝たらしい。
 母親に起こされると奥歯に違和感、顎の痛み。
 夢の続きか、何か我慢か、寝ながら歯を食いしばっているとこうなる。歯ぎしりもその中で起こる現象と聞く。
 はちみつトーストを囓りながら、純白携帯電話を見つめる。
「どうした。何か感じたか」
 コタツの向かい側、マグカップ片手の父親が、広げた新聞の傍らから顔をのぞかせた。
 よくある家庭の朝の光景、と書きたいが、父親は夜勤明けであり寝る前の食事。警察官であり、勤務形態は一概に不安定だ。
「わからない…」
 理絵子は呟くように答える。何か失ったのだ。失ったのだが、重要なのだが、それが何なのかは、抜け落ちたゆえに見当が付かない。
 長い髪が隠す白い横顔に憂いが影差す。理絵子は14歳であるからして、憂いと言うには相応しくはない。しかし困惑の深さは、彼女を大人びてみせる。
「お前にしては不思議な解答だな」
 父親は新聞を閉じ、理絵子を見つめた。この発言及び〝何か感じたか〟は、理絵子の持つ特殊な感覚を踏まえてのこと。
 超常感覚。言わずと知れた超能力の一種である。彼女には距離を隔てて、時間を隔てて、見えなくても判ることがある。要するにテレパシー使いだ。
 夢が示唆となる理由はこれである。だから〝ごそっと抜け落ちた〟は何らかの問題提起に相違ないのだが、中身の示唆が全く得られないので落ち着かないのだ。

つづく

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