四つ葉に託して【幸運】
折り返しの電車に乗ったら忘れ物。ハンドバッグ。くまちゃんのストラップが下がった女もの。
誰か取りに来る気配無く。車掌に渡す人もなく。
「誰のものやら」
仕方なく、ひとりごちて手にして降りる。駅の清算窓口に声を掛け、拾った場所の説明をしていると、息せき切って走りこんできた、あなた。
「すいません、さっき、ここで降りた電車に、バッグを忘れたんですけど…」
濃紺のリクルートスーツ。髪は丸めて項の辺りのネットの中。
「くまのストラップが…」
「これ?」
「ああ、それです…よかった…」
本当なら忘れた場所の心当たりと中身を聞いて本人の物か確認をするのだろうが。
抱きしめてへたり込んでえぐえぐ泣き出して、他人のだ、でもあるまい。
「良かった…面接の…地図が入っていて…眠れなくて、寝過ごしそうになって…」
小さなころから不運続き。ようやくのチャンスなのに過度の緊張。この期に及んでまたかと思った、
と、あなたは言った。
とはいえ、それこそこの期に及んで忘れ物では、どんな結果か推して知るべし。
「良かったら、コレ、おまじないにどうぞ」
四つ葉のしおり。留学先のキャンパスで寝そべったら、顔のそばにあった物。
「四つ葉…のクローバーですよね。え、いいんですか?珍しい物…」
「持ってるオレがバッグを見つけた。今日のあなたが幸運の証。さぁ、行った行った」
「じゃぁ、はい。ありがとうございます」
クローバーを携帯電話に挟み込み、慌てて飛び出すあなたを見送る。
そして、一ヶ月が過ぎただろうか。
「あのう」
改札を抜けたところで、女性がオレに声を掛けた。髪が長くてキュロットスカート。
「自分っすか?」
良く見ると、手にはくまちゃんのバッグ。そして、見たことのある四つ葉のしおり。
ああ、あなたか。
「おかげさまでこういう者になりました」
頭を下げて名刺を出される。会社員の挨拶もすっかり板についたようで。
「おめでとう。四つ葉の真価発揮かな?」
「緊張してダメになりそうだったけど、今までと違う、四つ葉のお守りがあるって思ったら、フッと気が楽になりました」
「そうか、それは良かった。こっちも嬉しいよ。ああ、自分こういう者です。どうぞこれからも頑張って」
同じく会社員の挨拶で去ろうとした自分に、あなたは。
「待って。あのう…お礼というか、とにかく嬉しかったので、お食事でも。だめ…ですか」
「へ?」
サラリと去るのがカッコいいのだろうが、余程の気持ちじゃなければ、一期一会の馬の骨を待ったりはするまい。
その謝意、ありがたく。
「判りました」
応じて駅中のイタリアン。ピザとパスタを待ってる間に名刺を渡すと、何故かあなたは小悪魔の微笑。
「やっぱりね」
「え?」
「私こと覚えてる?」
希望?、誠実?、はたまた愛情?
そしてこの出会いは…
幸運?
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