【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【44】
「ゆたか君、起きてゆたか君。お母様方が探しに来ている」
「うーん……」
ゆたか君は唸るように声を出しましたが、目を開けません。
頬に触るとすごい発熱。
……伝説の怪物を見たり、神隠しに遭った後、重い病気になるという民話は良くあります。精神のショックが神経系に影響を与えるのは当然のこと。
「あの、瑞穂豊君ならここに」
私は彼を抱いてぬかるんだ洞窟をいざり、有刺鉄線の中から声を出しました。
それこそテレポートすればいいのですが、彼が超能力の発現に当てられて発熱したなら、再度の発現は少し怖い。
「豊?何でこんな所に。どうやって。あんたは」
峻厳な母上。
「雨の中気絶していたのでここへ雨宿りに。すごい熱を出しています。救急車を」
説明は後。果たして母上の顔色が変わりました。
「わ、判ったわ。あなたー!」
あなた、とはご主人、豊君の父上のことでしょう。母上が私に背を向けて声を出したその刹那、私は手のひらの石で有刺鉄線を断ち切ります。
「豊がいたわ!こっち!病気らしいのよ!」
「おお!おお豊どうした。ああ、そんなところに入ったのか!」
口ひげが立派な印象の男性がカサを放り出し、走ってきます。雨のせいか気温が低く、息が白く見えます。
私はトガで彼の身を隠して雨よけとし、走り寄る男性に近づいて行きました。
母上がいつの間に?という目で見ますが、説明はしません。
「低体温か」
「いいえ、ショックを受けたようでひどく発熱しています。意識はもうろう。呼吸は浅く心拍は早い」
私は父上が医者であると判断し、いわゆるバイタルサインに属する情報を伝えました。
「豊、おい豊、聞こえるか、父さんだ。もう大丈夫だぞ」
声を掛け、頬を打ち、脈を取り、瞼を指で押し開く。
「おとう……」
豊君は目を開けました。
「あれ……クモは……」
「何を言って……」
「大丈夫。君のおかげでみんな助かった。私もね」
父上の言葉を遮って、私は言いました。
豊君は私にゆっくりと目を向け、そっと笑顔を見せ、再び目を閉じます。
もう一人の男性がカサを掲げて走ってきました。
「瑞穂先生……ああ豊君」
「車を回してくれ。私の医院へ連れて行く」
「判りました」
男性がきびすを返す。
「お嬢さん、私が引き受けよう」
父上は両腕を広げ、豊君の身体を引き取りました。
(次回・最終回)
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