【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【45・最終回】
その際に私をチラと見、
「……ああ、君、泥だらけじゃないか。洗濯するからウチへ」
「ちょっとあなた。こんな……大体なんでこの女が……」
口を挟んだ母上を父上は一喝しました。
「馬鹿者。どう考えてもこの方は豊を助けてくれたぞ。大体目下大事なのは豊の身体じゃないのか……申し訳ない。妙な体裁ばかり拘泥する愚妻で」
すると。
「……何さここぞとばかり偉そうに父親面して。ゆたかちゃん、大丈夫?この女に何かされなかった?あんな禁止の洞穴なんか」
母上は眉根を屹立させて夫君に反駁し、私を一瞥。
それから柔らかい表情を豊君に向け、頬に手を当てました。
「母さん……」
豊君は目を開けて、掠れた声を出しました。
「あらゆたか、なぁに。母さんはここよ」
「馬鹿……」
母君、絶句。
そこへ車が到着し、豊君を乗せます。
「ああ、毛布が欲しいなあ」
「こんなのでよろしければ」
私は手品の流儀であの糸玉を取り寄せました。
車の後席に押し込み、形を整え、豊君の身体を横たえて包み込みます。
「ど、どうやって。……まぁいい。ああ、暖かだ。冴子。この方にシャワーに浴びてもらいなさい。朝倉君、出して」
「はいっ!」
私と母上を残して、豊君を乗せた車は走り去りました。
もちろん、私としてはシャワーをお借りする気はありません。
「ねえあんた」
母上は私を見て言いました。
「はい?」
「ゆたか、急に家の前から逃げ出したのよ。あの穴に入ってたの?」
母君は顎で洞穴を示して言いました。洞穴入り口、有刺鉄線の柵の脇には看板が立っています。
私は超常の視覚でその字を読み取り、頷きました。
「ええ、何か怖い目にあったみたいで」
「ったく、クモ好きにも程があるわ。あんな気持ちの悪いモノ」
「彼のクモに関する知識は学者並みですよ。街灯のそばに巣を張るといった人間社会への順応や、繊維を高速で綴る仕組みなど、人間がクモから得られる知見は計り知れません。ああ、ちなみにさっきの毛布はそのクモの糸です」
「えっ!」
母上が驚いて車の方向を振り向いた途端、私はそこから姿を消しました。
最後に、洞穴の看板に書いてあった説明をかいつまんで書いておきます。
-土蜘蛛伝説-
古代この穴から人を食う大クモが出入りしていた。ある日英雄が現れて対決を挑み、クモは穴の奥に封じられた。土地の人はたたりを恐れて聖域とし、退治した田畑の昆虫を年に一度捧げた。禁足地につき立ち入るべからず。
管理社寺名
クモの国の少年/終
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