桜井優子失踪事件【10】
【鍵2】
母親は次第に早口になって声を震わせ、自身の頭を両手で抱え込むような仕草を見せた。
どうして良いか判らないのである。パニック寸前だ。
理絵子は唇を噛み、言葉を紡ぐ。
「私たちで動けるだけ動いてみましょう」
理絵子は母君の目を見て答えた。手をこまねいて見ている必要はどこにもない。
そして、自分の言ったこの言葉は、強い。
「ありがとう…」
母君に抱きすくめられる。
「あなたは、優子ちゃんの、優子ちゃんの、本当の友達…」
頬に感じる熱い流れ。
そこまでされる理由を理絵子は感じ取ったが、自ら開く扉ではない。
「ああ、ごめんなさいこんな寒いところで。お茶を出しましょうね」
案内され、玄関から入って廊下を行く。コンベンショナルな日本家屋のつくりであり、土壁、竹と木が組み合わされた仕切りなど目に付く。すり足で歩く母君の姿がなんとも似合う。
対して。
何よりの手がかりである優子の自室には鍵。
テンキー式のロックが襖と柱に組み込まれ、施錠されている。
日本家屋に不似合いな、女子中学生の自室に不相応な、最新かつ強固な鍵。
しかも木と紙で作られた真正の襖ではない。襖紙の意匠を施されたアルミ戸である。
更には敷居と鴨居に細工してあり容易に外れない。女の非力で蹴破ることも不可能。
「入っても?」
理絵子の問いかけに母君は一瞬も躊躇無く頷いたが。
「ええ、でも番号をご存知なの?これ…」
対し理絵子は母君の言葉が終わる前に、〝襖〟を引き開けた。
カラリと開く。テンキーを押したわけではない。ただ、手掛けに指を載せ、引いただけ。
「あら…閉まっていたと思ったけど。いいわ、中に入ってらして」
正直、お茶という気分ではないのだが、母君も何かしていないと落ち着かない気分なのは承知。
自分がそうなのだから。
中に入る。桜井優子と会うのは屋外が多いが、自室を訪ねたことが無いわけではない。
「これって…」
ギョッとした。中を見た登与の感想。
さあっと部屋から流れ出てくる冷たい空気。
1月初旬の東京多摩地区は最寒期…だけでは説明できない冷感がこの部屋にはある。
6畳間であり、小さな座卓と電気スタンド。ノートパソコン。カラーボックスには教科書が収まり、その天板上にはポータブルステレオ。
(つづく)
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