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桜井優子失踪事件【11】

【鍵3】
 
 ステレオの傍らには携帯電話の充電器があるが、そこに電話機はない。念のため再度発呼するも、お掛けになった携帯電話は…。
 切る。それにしても物品が少ない。女の子として以前に、子どもとして物品が少なすぎる気がする。この部屋で子どもっぽいものといえば、押し入れの鴨居にハンガーで下げられたセーラー服一式。および、畳の上の手提げカバンと、きちんと畳まれたマフラー、添え置かれた手袋。
 自室というより下宿、シングルユースのアパート、そんな感じ。
「好きに使ってくれていいのに、何故か遠慮しちゃってるみたいで。どうぞ座って」
 母君はお盆に湯飲みとせんべいを載せて持ってきてくれた。電車の絵のあるパッケージで〝濡れせんべい〟とある。
「あ、これ、修理代が足りないからせんべい買ってくれって会社の奴ですね」
 登与が言い、せんべいに手を伸ばす。
 理絵子は部屋を見回しながら座卓に腰を下ろし、ノートパソコンの画面を開き、電源を入れた。
 彼女は家出を繰り返すと母君は言った。対してこの整理されすぎた部屋は〝いつでも出て行ける〟様相を呈する。下宿の印象はそことシンクロする。
 一方でキチンと準備された制服類は、彼女がここから、新学期の教室へ登校しようとしていたことを表す。
 この表裏一体。
「アドミン権限で入る?」
 パソコンの起動がパスワード要求画面で進行停止。基づく登与のコメント。
「大丈夫」
 理絵子は答えてキーボードを叩く。パスワードはyuko_rieko。@が入って自分たち二人の出席番号。
 他人様のパソコンの中身を見るなど日記や手帳を覗くに等しいが、現在ここにある、唯一の、彼女を追う鍵。
 デスクトップの表示が整うまで待つ間に、登与がせんべいを千切って口に入れてくれる。濡れせんべいと名乗るだけあってふにゃふにゃ。ただ、味自体は程よい醤油と甘みでじんわり美味しい。
 その柔らかさと程良い味に少し、ホッとした。
 パソコンの準備が終わり、無線LANが接続完了と出た。まずメールを開いて受信操作。更に最近のやりとりをチェック。洋服屋のメルマガ位でヒントになるような内容のものはない。遺跡を調べると言っても、研究家や資料館などへ問い合わせ、まではしていないようだ。
 のみならず、重要と思しきメールは見あたらない。確かに自分も彼女のパソコンアドレスにメールを打ったことはない。即座に知りたい重要なものは携帯で。気が向いたときに見る類はパソコンで。携帯は一通ずつ課金されるから当然と言えば当然だが。

つづく

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