桜井優子失踪事件【9】
【鍵1】
桜井家は住宅街の最奥に建つ大きな邸宅である。その千葉在住祖父殿が実力者で、方々に土地と人脈を持つ。
潜り戸に瓦葺きという門を通ると、玄関にたどり着くには庭園を横切る要がある。しかし、街路の角を曲がり、門の構えを視界に捉えた時点で、和服姿の女性がその前に立っていた。
結い上げた髪に白髪混じり。桜井優子の母親である。理絵子の父母と〝ひとまわり〟年齢が違う。
「ああ、理絵ちゃん」
母君が理絵子たちを見つけて声を掛けた。小走りで向かって来ようとする姿が危なっかしく、逆に理絵子たちの方が走った。
「優子が、優子が、あなたといるとばかり…あらそちらは?」
母君は、理絵子の両の手を手のひらで包みながら、高千穂登与に目を向けた。
「高千穂と言います。黒野さんから話を聞いて。心配で思わず一緒に」
高千穂登与は頭を下げた。長い髪がサラリと前に落ち、身を起こしながらすくい上げる。
その所作にはそれこそ巫女・依り代の神秘的な雰囲気が漂う。
「あらそう…優子ちゃんは幸せね。でもあなた、学校は?」
「いいです。どうせ…」
登与は反射的に言って目を伏せた。それは、日蝕時の光足らない陰りに似て。
「さ、どうぞどうぞとにかく入って」
促され、庭園飛び石を歩いて行く。
「警察から何かコンタクトは…」
庭園の〝道中〟で理絵子は訊いた。
「電話はあったの。でもね…」
・まず捜索願を出せ
・手続きの方法
・受理したら全国の警察に情報が送られて
「見つかったら連絡しますって。探してくれる訳じゃないのよ」
そんなバカなと理絵子は思った。通話ログの調査、クレジットカードの履歴、Nシステム(自動車ナンバー自動読取装置)の参照…聞き及ぶ不明者捜査と異なる。
それとも、その手の報道は一部の特別な捜索だけか。理絵子は父親に直接連絡しようとし、母君が繋いだ言葉に手を止めた。
「あの子、何度か家出したことがあってね。その度に…だから警察も『またか』って思ったんじゃないかしら」
つまり、オオカミ少年状態。
「でも、でも今回は違うの。何か違うの。あの子はあなたと出会って以降、一度も家出していない。だから絶対、あの子の意志じゃない。怖い」
(つづく)
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