町に人魚がやってきた【1】
冬の波打ち際。
ビンに入った手紙でも流れ着いていれば物語の始まりだが、オレの拾ったモノはちょいと違った。
一見したところでは鯉のぼりを下半身に穿かされたマネキン。
それにしちゃ上半身が妖艶に過ぎる。ここだけの話だが指先でつんつんした。
俯せだったので背中を。
柔らか。えっ?
「きゃ」
「わっ」
ぴちぴち跳ねる。巨大魚に食われる途中で海岸に打ち上げられたオンナという訳でもなさそう。ヘソから下は完全にサカナ。
砂の上に腕を立てて身を起こし、オレのことを見ていたが、程なく失神したか卒倒。
人魚、であれば、陸に上がるなんざ自殺行為だろう。
「ちょ、ちょっと待てよ」
水に入れなくちゃ。さりとて尾びれ掴んで海の中までズルズル引っ張って行くわけにも。
誰か手助けを、思って見回すと、防潮堤沿いの道を走ってくる軽トラック。
市場帰りの旅館のおじさん。荷台には活魚輸送用の水槽を載せている。
「おーい」
オレは道へ出て腕を振り、おじさんの軽トラを止めた。
「佐久間(さくま)の若いのじゃないか。どーしたいきなり」
おじさんの名前は佐熊(さくま)である。日焼けの顔はしわだらけ。白髪の角刈り、ねじり鉢巻き。
「あ、あれが」
「人魚じゃねぇか」
佐熊のおじさんはこともなげに言った。って人魚だぜおじさん。に・ん・ぎょ。
「生きてるのか?」
「多分。声出した」
「じゃぁ運ぶぞ」
「ど、どこへ」
「こいつの水槽に決まっとろうが。殺す気かオメエ」
「あ、はい…」
まるで溺れた我が子を助けるような気迫。
人魚慣れ?した感じはさておき、二人で砂浜に降り、前後に分かれて〝彼女〟を持ち上げる。裏返して仰向けにし、せーのでどっこいしょ。
(つづく)
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