桜井優子失踪事件【19】
【疾1】
呼び鈴が押されるより早く、理絵子は部屋を飛び出して行く。勝手知ったる他人の。
玄関引き戸を開くと、ツナギ服に身を包み、ヘルメットを手にした喫茶店マスター岩村政樹。及びもう一人、小柄だが、日焼けのせいか精悍な印象を漂わせる短髪の若い男。
連絡を取りたかった桜井優子の彼氏である。名を佐原龍太郎(さわらりゅうたろう)とか言った。
「連れてきたぞ。午後の実技は繰り延べ出来たそうだ」
「話は聞いた。正月から優子とは会ってない」
マスターの声を遮るように、佐原龍太郎は言った。
困惑の表情に理絵子は背景を説明する。彼女を乗せて千葉の遺跡めぐりに行ったか訊くも。
「いや、そんな話初めて聞いた。あいつとは学校とか勉強とか、そんな話はしたことがない。あ、どうも初めまして佐原と言います。いつも連れ出してすいません」
玄関先へ出てきた桜井優子の母親に彼は挨拶した。
「いいのよ。話は聞いてるわ。ただ、優子ちゃんはそういう話はあなたにはしないと思います。あなたのことを理絵ちゃんに話さないように」
母君は言った。
「あいつ、妙に律儀だからね」
理絵子は二人のやりとりを目で追った。
そこから浮き上がる優子の印象には、ある種の抱え込み、押さえ込みの意識の存在を感じる。彼に対しても、自分に対しても、相手に合わせて顔色を変えると言うより、自分の全部をさらけ出すのが怖い。
「とりあえず千葉に行ってみないか?」
マスターの言葉に佐原龍太郎が庭石を走り、自分のバイクにとって返した。
門扉の向こうに目をやると、バイク後席に大きな荷物が括られており、ロープを解くと赤いツナギ服にヘルメット。
優子が彼のバイクに乗る時に着るもの。
「えーっと、その子は?」
マスターが目を向ける。高千穂登与のこと。
「友達。出来れば一緒に。ああ高千穂さんごめん。この人出入り禁止喫茶のマスター」
短く声を交わす二人。
「もう一着あるから」
佐原龍太郎の荷物からは青いツナギも出てきた。
「カバンはウチで預かるわ」
「二人ともその上からこれ着ろ」
学生カバンを母君に頼み、セーラー服の上からツナギを着込む。映画ならセーラー翻して乗るのだろうが、冬のさなかにやることではないし、そもそも危ない。
髪の毛をゴムで縛り、ツナギの中に押し込み、ジッパーを引き上げて完了。
登与が着るのを手伝う。彼女の髪もまた長い。
(つづく)
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