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2009年12月

桜井優子失踪事件【27】

【伝2】
 
 江戸時代の本を段ボールから取り出す。青い表紙の〝訂正常陸国風土記〟。発行、天保十年。
「本物の江戸時代の……」
 佐原龍太郎の目が丸い。
「那賀(なか)の郡の記述に巨人の話があるとか」
Fudoki_2_2

(現物画像は例えば早稲田大学のアーカイブ下記のp30。
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ru04/ru04_05243/ru04_05243.pdf

平津驛家西一二里 有岡 名曰 大櫛 上古有人 體極長大 身居丘壟之上 手摎海濱之蜃 大蛤也 其所食貝 積聚成岡 時人 取大朽之義 今謂大櫛之岡 其踐跡

登与はすらすらと読み上げて。
「つまり?」
「巨人が岡にいながら海に手を伸ばしてハマグリを取って食った。食いカスが積もって岡になった」
「貝塚!」
 理絵子は思わず指を鳴らした。貝塚。言わずと知れた縄文時代の生活跡である。当時は温暖な気候によって大陸氷河が溶解、海水面が上昇し、海岸線は現在より内陸に入り込んでいた。
 縄文海進と呼ばれる。従い、現在よりずっと内陸で貝が取れた。
 もちろん、古代気候を知る術は近代科学の成果。昔の人は知らない話であり、従って内陸で山をなした貝の説明に巨人を考え出した。
 千葉県には教科書に登場する加曽利貝塚を筆頭に、世界的に見ても稀な密度で貝塚が集中している。
 だいだらぼっちの〝足跡〟も応じた数存在して不思議ではない。
 しかし、それだと製鉄との絡みが希薄になってしまう。
「製鉄由来と貝塚由来、どこかで融合した?」
 登与が言った。風土記を閉じて戻し、別の古文書を開く。
「それを求めて過去か」
 マスターが腕組みし、地図を眺める。ちなみに携帯電話の受信エリアマップでA2サイズ。大元は衛星写真であり、それこそ〝神様の目線〟。
「すいませんねそんな地図で。クルマのナビゲーションで事足りるので地図は特段買ってないんですよ」
「いえいえかえって全容が掴みやすいです」
 頭を下げる祖父殿に、マスターは手のひらをパタパタ。
「ただ、安房の方で巨人伝承て多くないと思ったんだ……」
 登与は言いながら古文書を次々に早めくり。まるで辞書の見出しを探すようなラフさだが、これで充分なのは理絵子も承知しているところ。該当箇所があれば超感覚が反応する。

つづく

町に人魚がやってきた【12】

 先生は言って、自らうんうん頷いた。
 海底の続き。
人魚「地震と津波は避けられないと」
神「その通りだ。目先目先の地震を封じて秋津島瑞穂の国を沈めたいか。オレに出来ることがあるとすれば、それがいつ来るか判る。それだけだ」
人魚「では、それを地上の人々にお伝えする分には……」
神「構わぬ」
 以後、人魚はこの神の元で、共に暮らしながら大地の理を学び、地震が来るとなると地上に上がるようになったとか。
 ちょっと待てい。
「え、じゃぁ今朝海岸にいたのは地震が来る……」
 オレが気付いて言い、みんな一斉に腰を浮かせたが。
「いえ違います。神の仰せになるには、『最早人間は地震を予め知る術を身に付けた。しからば、汝を引き留めておく要もなく後ろ暗い。長き時を経ており、汝戻れども咎める者の無きこと明白。戻りて達者に暮らせ』。で、元の家にと思ったのですが……もう無いですよね。ああ、そんな気がしてきました面倒かけてすいません」
 人魚しょんぼり。ここまでの話し方から考える限り、ちょくちょく地上を訪れ、〝本人〟はそれなりにソフィスティケートされてきたようだが、300年は300年である。
「それがこの地図なんだなぁ」
 先生しみじみ。
「この集落で間違いないのかい?えーと、つまり、地震が来る時はいつもこの集落に?」
 おじさんが訊くと、
「あの松を目印にしてました」
 あの松とは来る時くぐった岩窟トンネルの上に生えてる年代物の松の木。
 戦国時代からあると言うから。
「図書館に何か古文書言い伝え無いすかね」
 オレは提案した。
「行ってみるっぺか」
 先生が答えて立ち上がり、事務机の電話子機を手にする。古い書物は一般公開されないのが普通で、閲覧は許可制が普通だろう。対し黄門ファンでこの街じゃ顔も広い先生の電話は説得パワー充分。
 問題は確かめる方法だ。照合ソースは人魚の脳内。
「あー館長かね。オレだ、オレオレ。そうだよ先生だよ」
 詐欺かいな。
「人魚連れて行っていいか?」

つづく

桜井優子失踪事件【26】

【秘5・承前】
 
「当然、禁足地として現代に伝わっていておかしくない。いや、禁足地である伝承が途絶えてしまっているだけかも」
 自己否定に首を横に振り、髪が乱れる。思索に没入し髪振り乱す理絵子の姿は、傍目にはそれこそトランスの巫女であって、大人達は勿論、登与までもその気迫に目を奪われている。
 しかし、洞察の予兆を追う理絵子は彼らの目線に気付かない。禁足地、例えば登与がパソコンで示したあの場所は駅のそばである。しかも田舎の小駅どころか東京都心・秋葉原へ直通する通勤電車がひっきりなし。
 されど、古代は、そんな〝戻らずの森〟の一端だったのだろうか(作者註:最近の研究で東京湾に直結する地下水脈を持った沼沢地だった可能性がある。いわゆる底なし沼)。
「そんな場所が、彼女の目した場所にあったのなら?」
 理絵子はそこで顔を上げた。
「いやむしろ伝承の土地ってそういう場所では」
 伝承と、神隠しが、繋がった。
 ただ、繋がってみれば単純ではある。伝承を追った結果、行方不明になりやすい場所へ行った。
 安房の国に何かある?四国の阿波との縁は本で読んだ。そして総は元来ふさと読んだとか。
 しからば、房総は「ふさふさ」。

【伝1】

「そもそも何で千葉にだいだらぼっちの伝承が多いわけ?製鉄がらみってだけ?……うまく言えないけど、ぼっちが先か鉄が先か。古文書に何かヒントがないかなって」
 変な日本語だと思いながら理絵子は尋ねた。質問系の独り言とでも書くか。まぁ尋ねる相手は登与以外に無く、彼女にはテレパスでニュアンスは伝わる。
「良くある説としては……」
 登与は前置きして「整理して考えるために順序立てるよ……」
 蹈鞴によらず古代の金属精錬では炉の温度を色味、すなわち視覚で見るより他になかった。見続けるうち高温のゆえに視力を失ったり、飛沫等で眼球自身が失われたりすることもあっただろう。このため、製鉄遺構には隻眼伝承がセットになる。ギリシャ神話の巨神キュクロプスもこのセットの一種と見て良い。
「日本の場合、天目一箇神(アメノマヒトツノカミ)が製鉄の神様でやはり隻眼」
 登与の答えに、浮かぶ答えを声にするとこうなる。
「神様は国生みのイメージから大きな存在。隻眼巨人」
 だが、何か、しっくり来ない。
 そこで祖父殿がちょっと、と一言。
「何か私が口を挟む余地も無い感じですが、それは常陸の国風土記をご参照あれと仰せつかっておりまして」
 
つづく

町に人魚がやってきた【11】

「わからんよ。ふーん、海の底でも生きてられるんだなぁ。それで?」
 先生そこ医者として大いに突っ込む所じゃないのか?
 いいけど。
「はい。まぁ、海の神様の所へ行け、という話だったので、海の底って坂になってるんですよね。そこをてくてく歩いて行きました」
「大陸棚か」
「大陸斜面だろ」
「どっちでも行き着く先は海溝でしょう」
 しかし萌えボイスで学術用語言われると……イイなぁ。
「でも海って少し潜っただけで真っ暗って聞きましたけど」
「それが底の方がむしろ明るいんですよ。鍛冶場みたいに真っ赤で、温かいんです。そこで神様とお会いしました」
「へ……」
 オレ達は揃って絶句した。
 神様を見た?
「こんな感じの殿方で」
 人魚が言う〝殿方〟とは……おじさんのこと。
「オレか?オレ神様か?いや~社長とか大統領になったことはあるけどなぁ」
「そういや飲み屋の客引きって神様ワンセット3000円ですよとか言いませんね」
「僕はぁいつも『先生』だけどな」
 そりゃそうでしょ。
 以下、人魚は神様と会話したそうだ。その内容をそのまま書くとこうなる。
神「何しに来た」
人魚「地震の鎮魂の生け贄です」
神「生け贄とな?命を引き換えに何を求める。オレはどうすりゃいい?」
人魚「地震と津波を起こさぬように」
神「そりゃ無理だ。大地神明の理(ことわり)を欺けば、より大きな災いを生み、アカホヤの如く地引き裂け国滅ぶ」
 一旦戻る。この神様のセリフの意味するところは?
 すると先生は腕組みしてう~んと考えて。
「プレートテクトニクスに無用な干渉をすれば、解放されるべきエネルギが蓄積され続けて歪みとなり、もっと大変なことになるぞ、という意味だろう。自然を制御しようという人間の思い上がりに対する警告だ」
 
つづく

桜井優子失踪事件【25】

【秘5】
 
 ちなみに、治水に人柱という因習の元になった、或いは因習に基づいて作られた神話のひとつが、件の日本武尊、浦賀水道の走水の海(はしりみずのうみ)の話と言えるだろう。この神話では后であった弟橘媛(おとたちばなひめ)自らが生け贄となって入水するが、中には前例踏襲を繰り返した挙げ句、当初の主旨が忘却され、殺すことそのものが目的に転化した例もあると見るのが自然ではあるまいか。法や校則が金科玉条と化すように。
 その結果。
「うんそう。古い時代は通りがかりの旅人を拝み倒してなってもらったり。どころか村全体で罠に嵌めて襲ってとか。後世それが犯罪と定義されると、捨て子みなしご、身よりが無い人をわざわざ人柱用に確保したりね。村で育てて年頃になったら川へってわけ」
 登与は恐ろしいことをさらりと言った。
 その場の大人達が絶句してまばたきもしない。もちろん21世紀の日本であって、それを現実の可能性として捉える必要はない。
 ただ。
「高千穂さん。過激だよぉ」
「あ、ごめんなさい……」
 失踪という現実においては行き過ぎた物言いと思う。
「失言でした。麻痺してるかも」
 神話伝承の類に命捧げる話が多いのは洋の東西を問わず。その筋の書物ばかり触れていれば〝慣れ〟も出ようか。
 或いは古の遺伝子の発露か。太古、〝命〟に神への捧げ物として最大の価値を見出しつつも、殺人行為に禁忌が無かったのは、それこそ〝神〟たる存在の故に霊的世界の存在が当然だったからであろう。
「それで、行方不明は蛇神様が嫁に持って行った、か」
 佐原龍太郎が感慨深げ。プロセス省いて頭と尻をくっつけるとそんな伝承になる。
 そして、伝承だけでは〝真実〟は隠される。
「でも昔の話……」
 祖母殿が心配げ。
「ええ。ただ、この蛇神の嫁取り系の話には、少なからず本当の行方不明が含まれていると思うんです。私たちがそうであるように、大昔の子どもだって家出企てても変じゃない。現代と違うのは、闇雲歩くとそのまま戻れないことがある。ああこりゃ蛇神様の嫁取りだ」
 そこで理絵子は気付いた。
「蛇の嫁取りに、意図した殺人だけでなく、子どもが同じように家出をして、山野や水辺に迷い込んで行方不明になった例があるなら」
 考えの一部が独り言となって口を突く。今、理絵子の裡には、言語に直せば〝来る〟という予感がある。
「行方不明の〝名所〟があるなら」
 その手の場所は枚挙に暇がない。別にいわゆる心霊スポットに限らない。富士山樹海、もっと身近に東京・高尾山(たかおさん)の裏側。

つづく

桜井優子失踪事件【24】

【秘4】
 
「家族の愛情が強いと感じるからこそ、出たくなるんです。迷惑をかけてるんじゃないかって。自立できてないっていう自覚の自己嫌悪で」
 登与は超常能力のゆえに化け物と呼ばれ、学校や屋外で疎外された。
 家族だけが味方だった。
 だからこそ、自分の存在が親や周囲に余計な手間を生んでいるように思えた。
 登与はその背景を〝いじめ〟に置き換えて話した。いじめの被害者になった自分が悪い。良く見聞きする自責の念。
 ……ちなみに、これを逆に書くといじめて良いかという話になるが、無論、肯定する要素は微塵もないのであって、被害者たる子が責任を感じる必要はない。また、どんな大人も子どもを守るのが最大の責務であり、相談を受けて迷惑と感じることはないと特記しておく。
「でも、結局親がいないと生きて行けない自分に気付いて、そして家出で更に迷惑掛けていると嫌悪して、なのに優しく迎えてもらえて。嬉しいけど悲しくて悔しいんです。だから私には、優子さんの気持ちが判る。そして、私は黒野さんのお陰で家出を考えなくなった。優子さんも同じだと思う。警察が捜さないというなら、私たちは私たちなりの方法で彼女を捜すまで。義理じゃないんです。友達として仲間として。少し前の私自身への答えとして」
 言葉が熱く迸る。一気に喋って肩で息する登与の瞳は、まるで誰かが乗り移った依り代のよう。
「何と申し上げて良いやら……一度ならず二度までも。もう恥ずかしくて。ありがたくて……」
 祖母殿の身体から力が抜け、横座りになってしまう。向き直ろうとしても再び体勢が崩れてしまう。
 祖父殿が背後に回って支える。
「いえ、友達ですから。差し出がましいことをお尋ねしました。申し訳ありませんでした」
 理絵子は頭を下げた。これ以上、辛いことをお話しいただくつもりはない。
 彼女のことは、それだけ判れば充分。
 祖父氏が言う。
「そんな滅相もない。それどころか丸ごとありのままに受け止めて下さった。流石理絵子様とお友達の皆様だと感心いたしました……ただ、あの、神隠しではないかというのは、そうした事も関わっているのかと気になりまして。ご承知いただいた上でお話した方がよいかと」
「蛇神の嫁取りですか」
 登与が言わば〝風土記外典〟である件の漢文書物を開いて言った。
「それって治水の人身御供の話じゃ?」
 理絵子は言ってから意味する内容の恐ろしさに気付いて身震いした。
 水害治水の願掛けに人柱。よらず日本の各所に伝承がある。荒ぶる川の流れはのたうつ蛇神。
 
つづく

町に人魚がやってきた【10】

「ああ、これ地図か」
 されど、その地図はスーパーのチラシに描いてある〝当店位置〟のレベル。
 縮尺も、どの地区かもワカランでは探しようがない。そもそも日本なのか…まぁこの人魚日本語喋るし、日本と考えるのが自然なのだろうが。
 各人でその〝地図〟を回して眺める。
「これだけじゃ正直ワカランなぁ。どこに何しに行きたいか、差し支えなかったら教えてくれんか?」
 おじさんの質問に、人魚はまずお茶を飲み。
「話せば長いんですけど」
「おお、ええよ」
「延宝(えんぽう)五年の話になります」
「1677年だな」
 先生即答。水戸黄門大好き。
「そら長いわ」
「なゐ(地震)とかいしょう(海嘯・津波のこと)がありまして、これは海の神のお怒りだとお告げがあったとかで、人身御供を出そうと言うことになり、私が」
「なんだ短いじゃないか」
 先生ちょっと待ってください。彼女は元は人間で生贄として海に入って、そのまんま何百年か生きていて人魚になってしまったということになりますぜ。
「延宝地震か」
 おじさんが訊いた。
「後世の方々はそう呼んで?」
 人魚の問いに、回答は萌えボイスから。
「揺れは小さかったのに津波は大きかったって地震かしら?」
「はい」
「じゃぁ、その地震だわ」
 先生、頷いて膝を打つ。
「なるほどなぁ。神様のお怒りと感じるだろうなぁ。揺れは小さかったのに津波ばかりがでかいんじゃぁなぁ。しかし、お前さん良く生きてた。なんでだ?」
「それが海に投げ込まれた直後は苦しくなって諦めたのですが、その後突然楽になりまして」
「それは死んだんじゃなくてか?」
「私もそう思ったのですが。どうも海の底だと息ができまして」
 人魚苦笑い。
「先生、それは医学的にどういう」
 オレが訊くと。
 
つづく

桜井優子失踪事件【23】

【秘3】
 
「お嬢さん、漢文を?」
 それは、古文の授業を経験した大人であれば、誰もが持つ認識に相違あるまい。
「ええ、好きなもので」
「そうですか。これらは風土記編纂の際に収録されなかったもの、と聞いてきました。登与さんと仰いましたね。漢文がお判りになるとは大した物だ。住職も全部は判らないと仰っておられたのだが。優子は大変な皆さんを友達に持ったものだ」
「本当にねぇ。身寄りもなかったあの子が」
 感慨のため息が混じった祖母の言い回しは、サラリとした、という表現が似合うが、しかし、含まれる言葉のあまりの重きに。
 理絵子は目を見開いて振り仰いだ。
「身寄り……初耳です」
 理絵子は思わず祖父母の顔を交互に見つめてしまう。
「マスターは?」
 岩村正樹に尋ねるが、首を左右に振る。
 過去、優子が自分の生い立ちについて語ったことはない。唯一話した〝過去〟と言えば、前の彼氏と同棲状態だった、程度。
「東京からも……」
「何も、本人からも全然」
 それは、本人が言わぬ以上聞くべきではないし、知る必要も無いのかも知れぬ。
 ただ、少なくとも今回の事態とつながりがあるような気がする。家出を繰り返したこと、強固すぎるカギのこと。居候のような自室のこと。
「そうですか。でも、あなた様ならいずれ知ること。お話しすべきことです」
 祖母殿はそう前置きし、順を追って説明した。
 端的。彼女は養子であった。
 子どもの出来なかった東京が託児施設から引き取ったのだった。
 しかし、突然誰かの親になるにせよ、突然誰かの子どもになるにせよ、
「お互いどう接していいか判らなかったと思うのです」
 思春期を迎え、彼女は次第に生活が荒れ始め、〝両親〟を避け、時々家を出るようになる。
 理絵子が知る限り、その挙げ句同棲めいた事態になる。当然未成年者略取となって、追っ手が掛かって〝同棲〟は自然解消。〝彼氏〟は逃亡。本人は出席日数が足りなくなって進級できず、2年生をもう一度。
 理絵子と出会うのはその春新学期である。中学生出入り禁止のいわく付き喫茶店に、学級委員の娘が出入り。
 マスターの介在によって、桜井優子の理絵子に対する心理的障壁は一気に取り払われた。
「親の愛が重すぎたんだね」
 登与がさらりと、しかし凄い言葉を口にした。
「彼女の気持ちが判ります。私もありますから家出の経験」
 〝天使〟と呼ばれる登与の美貌で瞳が強い。

つづく

町に人魚がやってきた【9】

「エビと小麦粉、デンプンを練り固めた物よ。塩で味を付けて植物油で揚げてある」
 萌えボイスが答えてカリカリ。
「えらく詳しい答えですね」
 オレが訊いたら。
「あら、この位この職にある者として把握してて当然でしょ。アレルギーやカロリー制限については常に念頭になくちゃ。リスクの自己管理ね」
 そんなもんか。
「僕はぁ。こんな菓子の成分まで気にしたことはないなぁ」
 先生、その血圧なら塩分は余り気にならないと思います。
「ふ~ん」
 人魚は寄り目になるほどえびせんをじいっと見つめて、真似してカリカリ。
「……なるほど、アカエビ、キシエビ、サルエビ」
「入ってるエビの種類が判るのけ?」
 驚いたのはおじさん。まぁおじさんも調理場の人だから、舌は肥えてると思うが、えびせんの〝原材料〟をテイスティングするのはさすがに無理か。
「時々エビの種類が変わってるのは知ってたが。具体的な品種まではなぁ」
 それでも種類の変化判ってたんかい。
 以下、しばらく人魚囲んでおやつ。ぽりぽり、かりかり。
 人魚囲んで。
 ちょっと待てそれでいいのか。
「で、何で海岸に打ち上げられてたわけ?」
 オレは訊いた。
「おおそうだよ。何か忘れてるなぁと思った」
 おじさんが膝を叩いた。
「ああ、忘れてました。ええとですね」
 人魚はこともなげに言い、慣れた手つきで粉だらけの手をパンパン叩いて、
「ここを探しに来たんです」
 どうやら首に何かぶら下げているらしい。波打つ見事な金髪をたくし上げ、ゴソゴソ。
 さすがに見慣れたお乳の谷間。細いチェーンの先に水晶のインゴット。手のひらサイズの六角柱。
 中をくりぬいて何やら紙が丸めて入れてある。ネジ式の蓋を開いて取り出す。
 手渡されたそれの感触は和紙。何か描かれてあるが、広げると文字というより幾何学模様。真ん中には穴が開いている。
「地上では、何がドコに置かれているか、このような模様で表すとか」
 
つづく

桜井優子失踪事件【22】

【秘2】

「これはこれは……遠いところを」
「お邪魔しております」
 理絵子は登与と共に畳の上に膝を揃えた。
「ああ、あなた、今日はもうおひとかたお嬢様が。こちら殿方は……」
 祖母殿が説明する前に、マスターが正座。
「表のバイクの者で岩村と申します。彼女達を乗せて参りました。お邪魔しております。いきなりで申し訳ありませんが、道路地図をお持ちでしたら拝借を」
「ああ、はいはい。あ、理絵子様。これは住職より借り受けた古い書です。何か参考になれば」
 祖父は段ボールを理絵子の前にドサッと置き、地図を探しに奥の間へ歩いて行った。
 登与が箱の中を覗き込み、わぁ、と声を出す。
「これ、本物の古文書じゃないですか?」
 確かに江戸時代以前と思しき体裁の書物類である。虫食いだらけの本文に紙を継ぎ足し、綴じ代とし、紐を通した本。巻物も幾らか見えている。墨書きの文字は仮名書きはおろか、漢文で書かれた物もあり、本来なら博物館で学者が見るようなレベルであると想像される。
「いいんですか?私たちが見ても」
 理絵子は襖の向こうの後ろ姿に尋ねた。
「一大事ということで、理絵子様がという話をしたら住職も快く」
「黒野さんって何者?」
 登与が理絵子を仰ぎ見る。
「私じゃないから」
 理絵子は手のひらを左右にぱたぱた振った。祖父はそう言ったが、実際には、タクシーを顔パスならぬ顔ツケで乗れる〝名士・桜井翁〟としての信頼の賜物であろう。
「さぁ、冷めてしまいますのでどうぞお召し上がり下さい」
「そうそう、腹が減っては戦が、ですよ」
 遠慮も過ぎれば厚意を無にする。
 昼食後、タタミの上に書物広げて検討となる。江戸の書物はでーでっぽ、すなわちでいだらぼっちの伝承について当時の学者が聞き書きしたものであり、巻物は日本武尊の伝説についてのまとめ。
 問題は漢文の文書である。劣化防止であろう、1枚1枚ビニール袋に収まってファイリングしてある。本をバラした物ではなく、メモ書きをかき集めたような印象であり、紙質も個々に異なる。登与曰く、内容も一枚ずつ異なり、統一されたストーリーやコンセプトがあるわけではない。
「これすごい。神隠しとか鬼の人さらいとか、そういう行方不明の記録なんだけど。こんな古いの初めて。律令時代のものっぽい。何か震えちゃう」
 白手袋でパラパラめくりながら、登与は言った。
 ため息をついて胸元を押さえ、お茶を含む。律令時代……奈良時代前後であるから西暦にして750年前後か。
 その実物に触れているとあれば緊張もしよう。
 
つづく

町に人魚がやってきた【8】

「先生、平気そうですよ」
「そうかい?じゃぁ、まぁ、良しとするか、残念だが」
 先生ションボリ。……て、患者が「イイ」と言ったら「イイ」ってのは、医者としていいのか。
「だけどカルテだけは作りたいなぁ」
「カルテ?」
 首を傾げる人魚。さっきから話聞いてると、〝地上〟に関する知識は有ったり無かったり。
「まぁ、診察室へ来ておくれ」
「はい。あの、じゃぁここ入っていてイイですか?陸に長いこと上がってると重くて」
 無論OK。バスタブストレッチャーをみんなでガラガラ押して診察室へ。
 温水を足そうかと言ったら、嬉しいけど真水で充分というのでゴムホースで湯沸かし器。
「ゴムはいやです」
 バケツリレー。
「生でもイイですよ」
 凝った浄水器を通しているのを見ての発言。とまれバスタブにそれなりの湯水を継ぎ足し完了。
 その間に先生カルテを書き書き。体温36.2℃……いつ測った?
「ふう。なんだかいろいろお手間を取らせたようでありがとうございます」
 この辺、昨今のジャパニーズガールより言葉丁寧。麗しの身体をバスタブの中に横たえてゆっくりまばたき。それが〝お辞儀〟の代わりのようだ。確かに水中で頭下げたところで、でんぐり返って一回転。
「何か食べる?」
 萌えボイス。
「普段。何食べてるんだい」
 これはおじさん。
「わかめ、昆布、のり……」
「草食だねぇ」
「貝、タコ、イカ」
「想像付かんな」
「ウニ、魚は淡泊な方が」
「グルメだねぇ」
 で、とりあえず医院のおやつとして準備していた〝えびせん〟登場。
「これ何ですか?」
 人魚、一つつまんで一言。
 
つづく

桜井優子失踪事件【21】

【疾2】(承前)
 
 犬のコロは飛びついてきて理絵子をペロペロ。背後で仲間達と祖母殿が挨拶。
「こんな多くの皆様にご心配をおかけして……何と申し上げて良いやら」
「お気になさらず、友達ですから」
「仲間ですもん」
 祖母殿は割烹着の裾を目元に添えた。
「ありがたいことです……本日は遠くまでわざわざありがとうございます。古いところですがお上がり下さい。オートバイは庭の空いている場所にどうぞ。お昼を用意してあります。お話ししたいことも御座いますので、どうぞご遠慮なく」
 
【秘1】
 
 海産物と農産物は千葉の宝とか。
 通された和室の座卓には、大皿に山と盛られた山海の幸の天ぷら。
 しかもエビなど目を瞠るほど大きい。時刻のせいもあるが、空腹であることを認識させられる。
「まずはお召し上がり下さい。夫はもっと早くに戻ってくる予定だったのですが。冷めないうちに」
 とはいえ、無遠慮にパクパク食べられる気分ではない。
「桜井さんからよろしくと仰せつかって参りました」
 理絵子は切り出し、収集した情報と、今後の予定を整理して話した。優子は千葉の遺跡巡りをしていたのは確かで、安房の方を目指した。従って、探す目標は安房の遺跡であるが、色んな時代、種類の遺跡があり、どの種の遺跡に行ったかは、彼女が目指した意図を知る必要有り。
 つまり、ある程度、でいだらぼっちが何者か、こっちも調べて仮説を立て、彼女の解答を探る。
「それでしたら、夫が今、寺の住職に古い話を聞きに行っております。参考になるかも知れません」
「それは、その神隠しの件ですか?」
 登与が尋ねた。
 祖母殿はゆっくり頷き、
「ええ、禁足の伝承を持つ遺跡を存じ上げないかと。あわよくば何か文献でも借りられたらと……ああ、帰ったようです」
 祖父殿が帰宅したようである。コロが吠えている。庭先からこちらを覗き込む男性の姿。
「理絵子様がもうお見えかね」
 玄関引き戸が開いて声がした。
「ええ。先に食事を召し上がってもらっております」
 襖の向こうに現れた老男性。白髪だが地肌が目立つ頭部、ウィンドブレーカーにマフラーを巻き、両腕で抱えた段ボールの箱。
 この家の主、桜井優子の祖父殿。

つづく

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