桜井優子失踪事件【26】
【秘5・承前】
「当然、禁足地として現代に伝わっていておかしくない。いや、禁足地である伝承が途絶えてしまっているだけかも」
自己否定に首を横に振り、髪が乱れる。思索に没入し髪振り乱す理絵子の姿は、傍目にはそれこそトランスの巫女であって、大人達は勿論、登与までもその気迫に目を奪われている。
しかし、洞察の予兆を追う理絵子は彼らの目線に気付かない。禁足地、例えば登与がパソコンで示したあの場所は駅のそばである。しかも田舎の小駅どころか東京都心・秋葉原へ直通する通勤電車がひっきりなし。
されど、古代は、そんな〝戻らずの森〟の一端だったのだろうか(作者註:最近の研究で東京湾に直結する地下水脈を持った沼沢地だった可能性がある。いわゆる底なし沼)。
「そんな場所が、彼女の目した場所にあったのなら?」
理絵子はそこで顔を上げた。
「いやむしろ伝承の土地ってそういう場所では」
伝承と、神隠しが、繋がった。
ただ、繋がってみれば単純ではある。伝承を追った結果、行方不明になりやすい場所へ行った。
安房の国に何かある?四国の阿波との縁は本で読んだ。そして総は元来ふさと読んだとか。
しからば、房総は「ふさふさ」。
【伝1】
「そもそも何で千葉にだいだらぼっちの伝承が多いわけ?製鉄がらみってだけ?……うまく言えないけど、ぼっちが先か鉄が先か。古文書に何かヒントがないかなって」
変な日本語だと思いながら理絵子は尋ねた。質問系の独り言とでも書くか。まぁ尋ねる相手は登与以外に無く、彼女にはテレパスでニュアンスは伝わる。
「良くある説としては……」
登与は前置きして「整理して考えるために順序立てるよ……」
蹈鞴によらず古代の金属精錬では炉の温度を色味、すなわち視覚で見るより他になかった。見続けるうち高温のゆえに視力を失ったり、飛沫等で眼球自身が失われたりすることもあっただろう。このため、製鉄遺構には隻眼伝承がセットになる。ギリシャ神話の巨神キュクロプスもこのセットの一種と見て良い。
「日本の場合、天目一箇神(アメノマヒトツノカミ)が製鉄の神様でやはり隻眼」
登与の答えに、浮かぶ答えを声にするとこうなる。
「神様は国生みのイメージから大きな存在。隻眼巨人」
だが、何か、しっくり来ない。
そこで祖父殿がちょっと、と一言。
「何か私が口を挟む余地も無い感じですが、それは常陸の国風土記をご参照あれと仰せつかっておりまして」
(つづく)
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