桜井優子失踪事件【27】
【伝2】
江戸時代の本を段ボールから取り出す。青い表紙の〝訂正常陸国風土記〟。発行、天保十年。
「本物の江戸時代の……」
佐原龍太郎の目が丸い。
「那賀(なか)の郡の記述に巨人の話があるとか」
(現物画像は例えば早稲田大学のアーカイブ下記のp30。
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ru04/ru04_05243/ru04_05243.pdf)
平津驛家西一二里 有岡 名曰 大櫛 上古有人 體極長大 身居丘壟之上 手摎海濱之蜃 大蛤也 其所食貝 積聚成岡 時人 取大朽之義 今謂大櫛之岡 其踐跡
登与はすらすらと読み上げて。
「つまり?」
「巨人が岡にいながら海に手を伸ばしてハマグリを取って食った。食いカスが積もって岡になった」
「貝塚!」
理絵子は思わず指を鳴らした。貝塚。言わずと知れた縄文時代の生活跡である。当時は温暖な気候によって大陸氷河が溶解、海水面が上昇し、海岸線は現在より内陸に入り込んでいた。
縄文海進と呼ばれる。従い、現在よりずっと内陸で貝が取れた。
もちろん、古代気候を知る術は近代科学の成果。昔の人は知らない話であり、従って内陸で山をなした貝の説明に巨人を考え出した。
千葉県には教科書に登場する加曽利貝塚を筆頭に、世界的に見ても稀な密度で貝塚が集中している。
だいだらぼっちの〝足跡〟も応じた数存在して不思議ではない。
しかし、それだと製鉄との絡みが希薄になってしまう。
「製鉄由来と貝塚由来、どこかで融合した?」
登与が言った。風土記を閉じて戻し、別の古文書を開く。
「それを求めて過去か」
マスターが腕組みし、地図を眺める。ちなみに携帯電話の受信エリアマップでA2サイズ。大元は衛星写真であり、それこそ〝神様の目線〟。
「すいませんねそんな地図で。クルマのナビゲーションで事足りるので地図は特段買ってないんですよ」
「いえいえかえって全容が掴みやすいです」
頭を下げる祖父殿に、マスターは手のひらをパタパタ。
「ただ、安房の方で巨人伝承て多くないと思ったんだ……」
登与は言いながら古文書を次々に早めくり。まるで辞書の見出しを探すようなラフさだが、これで充分なのは理絵子も承知しているところ。該当箇所があれば超感覚が反応する。
(つづく)
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