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町に人魚がやってきた【15】

 ストレッチャーをガラガラ押してエントランスへ。ガラスの自動ドアが左右に開いて中に入ると、閲覧コーナーへ通される。
 そこは農作業のおばちゃん達が寄るたまり場。今は二人。
「あれちょいと人魚だよ」
「ホントだ。かわいいねぇ」
「おめさん、名前は?」
 その質問にオレ達はハッとした。
 何で気付かなかったのだろう。彼女は〝殺された〟のだ。名前が判れば過去帳に書いてある確率は俄然高まるではないか。
 ところが、ハッとしたのは人魚も同じ。どころか、きょとんとして。
「忘れました。何でしたっけ私」
「記憶喪失かい?」
「いんやおばちゃん、この子300年海にいたからよ。自分の名前もそんだけ使わずにおれば忘れもしようて」
 先生が言うと、何でも医学的な裏付けを踏まえてに聞こえる。
「おお、そら寒かったべや。こっち来てお茶をおあがり」
 おばちゃん達がストレッチャー引き寄せて〝接待〟している間に、館長が机の上に色々資料を持ってきて並べる。
「まずこれが当時の被害状況報告」
 開いたのは墨絵の巻物。集落が水に浸かり、そそり立つ波の姿が描いてある。
 説明文がしたためてあるが達筆すぎて読めない。しかし、先生はそうでもないようだ。
「ほう、この紅葉山の真ん中あたりまで浸かったようだな」
 先生はメガネをずらして指で文字をなぞり、そう言った。
「悉く流され全きもの一つも無し。村人は半分くらいが流されて年が明けるまで流れ着いた犠牲者の埋葬が続いた……この絵は見たことあるかね?」
「いいえ」
 人魚は首を横に振った。
「人身御供の記述は?」
 オレが訊いたら。
「……ここにはないな。緊急支援で賜った米と再建資金への礼と、献上した干物なんかのリストで終わっている。館長他には?」
「地図と」
 出てきた資料は、最近本屋でも売っている復古版古地図でも想像してもらえば結構。A1サイズくらいの本になっていて、今に通じる名前の付近の集落が収録されている。中身は道と長屋の配置図。
 
つづく

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