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桜井優子失踪事件【28】

【伝3】
 
「そうですねぇ……」
 祖母殿が言って、マスターの見ていた地図に指を伸ばした。
「安房のその手の言い伝えで有名なのは鋸南町(きょなんまち)ですね。沖合のこの浮島(うきしま)はでーでっぽが咳払いして飛び出したと言われています」
「ああ、東京湾横断フェリーの千葉側の。僕よく使いますよ。浜金谷(はまかなや)の隣ですよね」
 佐原龍太郎が顔を上げた。それこそ日本武尊の海路を現在行くフェリーである。
 つまり、当時からそこが横断航路として確立していた証。
 えっ?
「か・な・や?」
「どんな字ですか?」
 同時に気付き、同時に地図を覗き込む少女二人に、マスターが指さして見せる。
「ここだ。金の谷……なるほど、走水の海の千葉側か」
「金谷ってことは製鉄がらみですよね」
 登与が急くように祖父殿に尋ねる。金は黄金(こがね)、銀は白金(しろがね)、銅は朱金(あかがね)、そして鉄は黒金(くろがね)。産出する谷間は「金の谷」。金という字が入っていても必ずしもゴールドのみを意味しない。
「ええその通りです。しかし……」
「ミコトの上陸地が鉄の産地」
 理絵子は登与を見る。
「狙って?それとも偶然?」
 登与が返し、二人見つめ合う。どう思う?
 が、互いにそこだという直感・洞察感がない。
 すると、祖父殿がため息。
「お二人がお考えなのは弥生時代古墳時代でございましょう。しかしですね、金谷という名になったのは室町以降と聞きます。むしろ現代に通じる刀鍛冶の方では」
 祖父殿は、首を左右に振りながら、言った。
 結果、仰った通りここは違う、という直感確信が逆に来た。
「う~ん」
 理絵子は正座したまま腕組みして唸ってしまった。父親が新聞読みながら良くやる仕草だと気付いたのは後の話。
「状況を整理しようよ」
 登与が言ってセーラー内ポケットからシャープペンシルを取り出し、チラシの裏に書き出す。
 
つづく

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