町に人魚がやってきた【20】
「それ、書いたのどこの誰らかね」
すると何のことはない。お寺の蔵書。
「あら和尚さんひどいわ」
いや今ここにいる和尚さんのせいじゃないから。
「神社の方には何か儀式の記録とか」
和尚さんの問いに、検索結果とのリンクはないが。
「海神様への捧げ物に何かあるかも知れんなぁ」
それがこの図書館にスキャンされた電子データで所蔵されているのがまた何とも。
「その、人身御供は延宝年間と伺ったが」
「はいそうです」
すると、ある。延宝五年、女体一柱。
にょたい。にょ。この響きの、いや、控える。
「これだな」
「名前は?」
「ないな。祟りを恐れたか。しかし30年ほどして宝永地震と富士山の噴火があるはずだが、その時あなたは出てきたかい?」
「はい。ないくる・ないくる・うそぶききたる・にげよ・しらせよ・うそぶききたる」
その呪文のような人魚のセリフに何人か驚きの声。
なぜなら。
「海嘯女(かいしょうめ)だな。それならウチの文書にある。館長出るか?」
住職が腕組みして言った。それは海への敬いを失った人や村へ現れるというこの地方のローカルな妖怪。
果たして寺の蔵書にあり。端麗な容姿で人を騙して村人を集め、もてなしをさせ、暗がりで酔いつぶれた頃地震と津波で皆殺し。現れる時は波打ち際で道訊きを装う。親切に教えると、そのセリフを唱えながら去って行き、目的の集落が津波に襲われる。
嘘を教えると海を泳いで後から付いて来て、嘘つきの集落が津波に襲われる。
「津波は海嘯と書く。無視とほら吹きの嘯くと全く同じ字だ。その辺に起因する戒めだろう。その、禍物封じも見てみようか」
それは神社の蔵書。闇にまぎれて骨食う女は禍々しい。魔性の力で昼であっても周りを闇にする。そんな女が水打つ時は、怨呪の儀をしてちぎってしまえ。
「えんじゅのぎ?」
「当社秘中の秘ですな。まぁ最も陰陽道華やかなりし頃の話で科学技術万能の現代ではどうでもいいことですけどね」
神主さんここに人魚がいます。
「出ますかね館長、秘文」
(つづく)
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