桜井優子失踪事件【32】
【伝7】
「気にするな。オレもワカランから。それぞれ得意があるってことさ。大事なのは相互の敬意。さて質問の答えだが、一口に言うと墜ちた秀才、だよ。医者の子が医学の入試に失敗して壊れっちまった。机かじりつきが燃え尽きて破裂。一切捨て去って両極端な珍走団へって良くあるパターンだ。優子と意気投合してな。今思えば英才教育とみなしごだ。極端同士惹かれ合うところがあったのかもな。優子のカテキョやってたぞ」
その説明に佐原龍太郎は目に見えて萎縮。カテキョは家庭教師の意。
「医者の……それが、どうして、オレなんかと」
「お前が自分の力だけで生きて行こうとしている男だからだよ」
「そうじゃなくて。えっと……」
「別れた理由も知りたいか?そういうことだよ。親の金に飽かせてこともあろうに中学生の女の子に手を出すような自堕落なヤツは消えて失せろってな。俺が引き裂いたって方が正確かな。〝たこぶえ〟は硬派だけが生き甲斐って奴のたまり場だ。まぁ最も、その七光りの親の金で優子も好き放題やってたのは確かだけどな」
東京の桜井家は代議士。オカネモチのお坊ちゃんとつながりがある。まぁ不自然ではない。
そこで小さな示唆。その逆、つながりがあるのが自然。
「マスター」
理絵子は可能性に気付いて問うた。
「……理絵ちゃんその目怖いよ。何か気付いた?」
「その元彼さんも、走る、ですよね。要するに」
「ああ、ドゥカティとか乗ってたな。デカイのは小回りがきかないから止めとけって……二人が撚りを戻したってのかい?」
強く反応したのは佐原龍太郎だが。
「というより、彼女は義理堅いわけですよ」
理絵子は言葉を濁した。彼女は元彼との思い出を甘酸っぱい記憶として持っている。以前チラリと言われたことがある。すなわち、二人の仲はケンカ別れしたわけではない。引き裂いたというマスターの言葉の通り。
従って何かのきっかけで二人が再会すれば、会話があって不自然ではない。そこで遺跡巡りの話が出て、彼が〝足〟を買って出たのなら。
優子は千葉が好きである。自分を幾度か招く位である。
であれば、同棲状態まで行った彼氏を……この桜井家に招きはしなくても、一緒に千葉まで、位はあるのが自然ではないか。なれば、彼氏も千葉の道路地名は学習するだろう。何よりバイク乗りだ。
理絵子は内ポケットから携帯電話を取り出す。それこそ父親を通じて〝桜井優子とペアで動いた携帯電話の足跡〟を追えばよい。そして、片方が今も動いているなら。
(つづく)
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