桜井優子失踪事件【38】
【因5】
「じゃぁ俺達は地形と地質か」
「でも鋸南から動くって、海沿いに下るか、鴨川(かもがわ)へ抜けるかだけっすよ。待てよ、千葉でここだけ峰の並びが東西方向で、ここを風が抜けるんだよな」
「しかも携帯電波カバーされてねーじゃん。ご主人、ここは人が少ない?」
マスターが祖父殿に訊いた。
「その辺は……ああ、嶺岡(みねおか)山系ですね。何か特殊なものがあるのでしょうか。教育委員会に訊いてみましょうか。いやあすいませんね、いんたあねっと、があれば、検索できるとは優子ちゃんから聞いてるんですが」
祖父殿は苦笑いしながらその場を立ち、電話を手にした。呼び出し音がかすかに聞こえ、相手が出る。
「ああ桜井ですどうも。大原(おおはら)先生はお見えで……」
保留チャイムが数秒。相手につながる。
「突然すいません地学的な質問で。……いえいえ土壌のというよりも地質学。嶺岡山系ってのの特徴を知りたいんですが……孫娘の趣味です。……はい。すいませんお忙しいところ。はい、はい」
祖父殿は理絵子のメモを手に取り、こう書き足した。
・嶺岡層 地滑り起きやすい 東西方向の峰 鴨川。
「鉄鉱石とか砂鉄と関わりはないでしょうか。……はい。え?」
・蛇紋岩 玄武岩 はんれい岩 超苦鉄質
ちょう く てつしつ。……マグネシウムと鉄が主成分の岩石群。
地質が、鉄に、たどり着いた。
祖父殿は丁重に礼を言って電話を切った。
「苦いのはマグネシウム。つまり豆腐のにがりですね。確かに超苦そうですわ」
「鉄を含んだ地滑り地帯か。さっき彼女が言った雨のたびに崩れるってそのことじゃないのかい?」
マスターは言った。
地名、地形、地質、そして、神様。
どうやら、この地で異論はなさそうである。
「どうだい、理絵ちゃん。何か感じるか?」
マスターは理絵子に尋ねたが、超常の手のひらが先に反応したのは登与の方。
(つづく)
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