元気のおまじない
すみれちゃんが忘れ物を取りに教室に戻ると、先生が一人でぽつんと座っていました。
タオルを顔に当てているのでよく見えないけど、小さく「しくしく」と泣いてる声が聞こえます。
「サエ先生?」
すみれちゃんが呼ぶと、先生はびっくりしたように顔を上げてこっちを見ました。
「あらすみれちゃん」
サエ先生は去年先生になったばかり。今年が初めての担任で、1年3組を受け持ちました。
髪の長い、きれいなお姉さんという感じの先生です。でも、真っ赤な目、真っ赤な鼻。
「悲しいの?先生」
1年3組には困ったことが一つありました。ゆうき君という男の子がとっても乱暴なのです。すぐ友達を叩くし、掃除は手伝わないし。でも、そういうことを先生に言うと、「お前が言い付けたな!」と勝手に決めつけて、関係のない子を叩いたり。
それだけじゃありません。返してもらったテストに間違いがあるとくしゃくしゃにして捨てたり。先生に注意されると「うるせえばばあ」と言って教室から出て行ってしまったり。
「このままじゃ〝大縄跳び大会〟できないね。先生、どうしたらいいんだろうね」
先生はそう言って、はぁ、とため息。
大縄跳び大会はクラス対抗で、一番寒い今の季節に行われます。だから、最近の体育の授業はそればっかり。
でも、いつも、引っ掛かるのはゆうき君。文句を言うと怒って砂を投げたり、縄を回す係の子を「お前がヘタクソだからだ」と言って叩いたり。で、そのまま校庭の隅っこに走って行ってしまって、いくら言っても一緒に練習してくれない。練習が足りないからまた引っ掛かる。
そして今日、
「もう、あいつ抜きでやろうぜ」
しゅうへい君がそう言ったのが、ゆうき君に聞こえたみたいで、大げんか。
だから先生は泣いちゃったんだ。すみれちゃんは思いました。
「すみれちゃんに言ってもしょうがないもんね。先生が何とかしないとね。ごめんね、心配させて」
「ううん。あたし先生のためなら何でもするよ」
「そう。ありがとう」
先生はすみれちゃんの頭をなでて立ち上がりました。
おうちに帰って、すみれちゃんはまずお母さんに相談しました。
「先生、泣いてた」
「ゆうき君のことか。先生がションボリしてると、クラス全部がションボリしちゃうねぇ。でも、ゆうき君が自分で失敗して自分で怒ってるんでしょ。どうしたらいいかねえ」
お母さんは困ったように言いました。
すみれちゃんはお風呂の中でお父さんにも相談しました。
「先生に元気になってもらいたいんだ」
「どうしたらいいと思う?」
お父さんは逆にすみれちゃんに訊きました。
「あたしに魔法が使えたらなぁ。呪文で先生のこと元気にしちゃうのに」
「ひとつ教えてあげようか」
お父さんは言いました。
「え?お父さん魔法知ってるの?」
「そうだよ。しかも簡単難しい」
「何それ変なの」
簡単で難しいって何だろう。
「知りたい?」
「うん」
「じゃぁ教えてあげよう。四つ葉のクローバーをあげるんだ。みんなで探せば早く見つかるんじゃないか?」
すみれちゃんはなるほど、と思いました。
「それ絶対先生喜ぶよ!みんなにも相談してみる。お父さんありがとう」
次の日、すみれちゃんは仲良しの友達3人と公園に行ってクローバーを探しました。
でも、寒いのでクローバーは少しだけしか生えていないし、小さく縮こまっています。
「ないなぁ」
公園のあっちからこっちまで探しましたが、四つ葉は見つかりませんでした。
そのうち、夕方になって寒くなってきたので、諦めました。
「四つ葉、無かったよ」
すみれちゃんはお風呂でお父さんに報告しました。
「そりゃ残念だったなぁ。そのゆうき君、だっけ?母さんに聞いたけど、失敗すると怒るんだって?」
「うん。ゆうき君がみんなと仲良くなれれば、先生も元気になるんだけど。ゆうき君練習してくれないし」
「そりゃあ大間違いだなぁ。だって、練習ってのは、失敗しなくなるまで何度でもやり直すことだからな。全然失敗しないなら練習なんかしなくていい。だから、練習の時に失敗するのは悪い事じゃないんだぞ。縄跳びは授業でしかやらないの?他に練習したりはしない?」
「授業だけだよ」
「学校の外で練習したっていいじゃん」
「あ!」
すみれちゃんはそうか!と思いました。
みんなで練習すればいいんだ。
次の日、すみれちゃんは授業中にこっそり手紙を回しました。
『先生にないしょで縄跳びの練習して、すごく上手になって、先生をびっくりさせよう。練習だから、失敗しても怒っちゃだめ』
帰りの会が終わった後、みんなはクローバーの公園に集まりました。
ゆうき君も来てくれました。男子達に頼んで「練習で失敗するのは当然だから」と一生懸命に誘ってもらったからです。
「もし怒ったら、オレすぐ帰るからな!」
ゆうき君は何だか最初から怒ってるみたい。すると、
「お前さぁ、途中から入るのが難しかったら一番最初に入れよ。だったら一人で飛ぶのと変わらないだろ?」
しゅうへい君が言いました。
「その代わりちゃんと回せよ」
ゆうき君が言いながら、縄の中に入って、練習が始まりました。
でも、公園が小さいので、30人全員は無理です。2つの縄跳びをつないで長くして、15人ずつ、20回飛べるのを最初の目当てにしました。
最初は縄が止まった状態から始めて。
うまく行くようになったら、タイミングを取りやすいよう、最初は大きくゆっくり回して、少しずつ早くするように工夫しました。
ゆうき君はだんだん縄に飛び込むタイミングが判ってきたみたいで、最初から縄を早く回しても、途中から入っても、うまく飛べるようになりました。
途中ですみれちゃんが失敗しました。
「すみれのへたくそ!」
ゆうき君がゲラゲラ笑いました。
すみれちゃんは怒りたくなりましたが、自分が怒ったら、多分ゆうき君はまた。
先生の泣き顔が浮かんで、じっと我慢しました。
みんな何度か我慢をして、みんなそろって練習して、みんなそろって上手になってきました。
もう15人で飛ぶのは大丈夫です。すると今度は30人でそろって飛んでみたいと思いました。でも、公園じゃ狭すぎます。
「学校戻ってやろうぜ」
「おう!」
しゅうへい君とゆうき君が言いました。
「でも先生に見られたら作戦が……」
すみれちゃんは心配になりましたが。
「オレが先に行って偵察してくる。みんなは下駄箱のところで待機しろ。報告する」
ゆうき君が言いました。
「オッケー。じゃ、行け」
ゆうき君が走り出し、みんなは後から学校へ向かいました。
言われた通り下駄箱の前で待っていると。
「サエ先生はもう職員室にはいない。あと、教頭先生にお願いしたら使っていいよって」
「チャンスだ」
みんなは校庭で縄を4つつないで広がりました。
「よーし行こうぜ」
30人は初めてなので最初失敗しましたが、そのうちに20回飛べるようになりました。
「これで優勝はもらったぜ」
次の日、朝の会で先生はニコニコしていました。
「あ、先生元気になった」
「えへへ。ちょっと魔法を見つけてね。みんなは、幸せになる魔法何か知ってるかな?」
「友達と手と手をくっつけてハート型!」
「夜明け前に四つ葉のクローバーを見つける!」
先生はみんなの〝魔法〟をうんうん頷きながら聞いた後、
「へぇ~。みんな色々魔法持ってるんだねぇ。先生が見つけたのはね。いろんな色の縄をつないで長くして、大きな葉っぱの形にすることだよ。それが、先生の机から見えるって判ったんだ」
元気のおまじない/終
| 固定リンク
「小説」カテゴリの記事
- 【理絵子の夜話】空き教室の理由 -046-(2025.03.15)
- 【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -06-(2025.03.12)
- 【理絵子の夜話】空き教室の理由 -045-(2025.03.08)
- 【理絵子の夜話】空き教室の理由 -044-(2025.03.01)
- 【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -05-(2025.02.26)
「小説・大人向けの童話」カテゴリの記事
- 【大人向けの童話】謎行きバス-63・終-(2019.01.30)
- 【大人向けの童話】謎行きバス-62-(2019.01.23)
- 【大人向けの童話】謎行きバス-61-(2019.01.16)
- 【大人向けの童話】謎行きバス-60-(2019.01.09)
- 【大人向けの童話】謎行きバス-59-(2019.01.02)
コメント