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桜井優子失踪事件【36】

【因3】
 
 この類似性。接点は出雲と剣、すなわち鉄の武具(もののぐ)。
「元は同じであるとも、後が前を参考にしたとも、後を参考に前を置いたとも」
 登与が言った。
 それは、日本そのものを背負った二人の類似性に基づく当然の仮説3パターン。
「高千穂さん、ミコトから神武天皇まで戻れる?」
 理絵子は登与を見て訊いた。
「え。天皇家?」
「うん。祖先は神様だし。皇紀紀元って大体そのくらいの時代でしょ」
 理絵子の発言は政治家の失言を思わせるがイデオロギーとは関係ない。神話上の存在と実在との接点を各天皇の実在性から見出そうとしているだけである。
「まずミコトのパパが景行(けいこう)天皇、それから垂仁(すいにん)、崇神(すじん)。で、ここより前は実在性の問題があって、開化(かいか)、孝元(こうげん)、孝霊(こうれい)、孝安(こうあん)、孝昭(こうしょう)、懿徳(いとく)、安寧(あんねい)、綏靖(すいぜい)、そして神武天皇」
 理絵子は頷き、こめかみに指をして少し考え、
「で、確か神武天皇とかフルネームに神って字が入ってたよね。それが元は神様だった可能性だとか言われてて」
「諡号のこと?神倭伊波礼琵古命(かむやまといわれひこのみこと)」
「うんそれ」
 諡号(しごう)。没した貴人への贈り名である。なお、実在性の問題とは、文献に執政の記述がない、大変な長寿であるなど、客観的な存在証明に乏しい天皇・大王を指す。皇紀起源の疑問視、更には非科学的軍国主義思想のトリガにされるが、純粋に古代伝承の残照と見るならば、むしろその時代におけるヤマト王権の征服行為を擬人化した表現、と考えるのが自然ではないのか。さもないと、縄文人である土蜘蛛の討伐が記紀や風土記に見られることと整合性が取れない。なお、崇神天皇は常陸国風土記にも同一と見られる人物の記述があり、所知初國御眞木天皇(はつくにしらししすめらみこと)との諡号文言から、事実上最初の統一支配者ではないかと目されている。
「えっと、ザッと言うよ。記紀で違う物は古事記で統一」
「お願い」
景行天皇-大帯日子淤斯呂和氣天皇(おおたらしひこおしろわけのすめらみこと)
垂仁天皇-伊久米伊理毘古伊佐知命(いくめいりびこいさちのみこと)
崇神天皇-所知初國御眞木天皇(はつくにしらししすめらみこと)
 ……読み上げるとさながら呪文。最も、神との接点たる存在であり、呪文めいていて相応なのかも知れぬ。
 
つづく

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