桜井優子失踪事件【43】
【鬼5】
佐原龍太郎の顔に凝固が見える。彼は理絵子の能力を知らぬ。追って知らせても構わない存在だとは思うが、今はまだ、説明は後回しだ。……どころか、自ずと理解する事態が訪れる、そんな気がする。
「じゃぁどうして霊能使って入り口を調べないんだい?」
「無理矢理入り込む場所ではないと考えるからです」
理絵子は即答した。即答してからそれが正しい答えだと自ら追認した。
「じゃぁどうやってたどり着くつもりだったんだい?」
「彼女はここにいる。だから行こう。それだけです」
理絵子は再度即答した。実際、〝たどり着く方法〟を具体的に考えていたわけではない。行かなければならない、ただそれだけ。
すると。
「そうかい」
男性は、一呼吸置いて。
「あんたは、本物かもわからんね」
第三者には理解しがたい、不思議な問答。
だが、大きな意味がある。それが二人の認識。
「蛇神の嫁の話は知ってるかい?」
「治水に関する人身御供の一般論として、でしたら。ここの伝説については今伺ったのが初めてです」
答えると、男性は大きく頷き、少し笑ったような表情を浮かべ、
「ほほう…では、知らなくていいよ。それは私がばらまいたウソだから」
「は…」
二人は男性の顔を見、次いで互いに顔を見合わせた。
ウソの背景はおおよそ推測が付く。ウソに釣られて物見遊山で〝パワースポット〟を荒らしに来た輩をあらかじめ排除しようというのだ。
ネットの噂に踊らされた程度なら、ここが禁足地である本質を見抜く能力……本物の〝霊能〟はない。
ハッと気づく。逆に言えば、それはこの地に入るのであれば、それなりの能力を要求される。
現代は因と果だけが残っており、時と共に流れた経緯は中抜け。
「ここが禁足地になっているのは大きな事故があったからだ……神話の時代だがね。鉄の取りすぎで土砂崩れが起き、多くの村人が生き埋めになったそうだ。以降、実に簡単な原因で崖が崩れたり地滑りが起きたりするようになった。いつどこで何が起こるか、安全を保証できないわけだ。だから神の名の元に立ち入りを制限したのだよ」
(つづく)
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