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桜井優子失踪事件【50】

【鉄1】
 
「イザナギがゾンビ状態のイザナミに逃げずに抱きしめたとしたら、日本の歴史は変わったかも知れない。その反省がヤマタノオロチの天叢雲(あめのむらくも)」
 考えを独りごちる。友人達はこの種の言動から理絵子の霊性を疑うが、今のところシラを切り通せている。
 さておき、故事がおぞましい大蛇の体内に絶対の宝を隠したのだとしたら。そして日本武尊はその剣を手にした。
 蛇は古来、水流の化身。鉄の剣、日本武尊。
 それら全部が意味するものは。
「黒野さんまさか」
「豊葦原の中つ国、平静と開闢をもたらした我らが偉大なる祖先よ、我(あ)は、あなたの通った道を、感じているあなたを、あなたと信じてこの手を伸ばす」
 決心して物事を進める時、呪文を唱えるその意味と強さの故を理絵子は真言密教から知っている。ただ、今のこれは呪文そのものではなく、理絵子自身の彼への宣誓を呪文風に唱えただけ。
 そして。
 理絵子は、彼らの蠢くその中に、手を差し入れる。
 一斉に這い、しがみつき、登ってくる。
 この手を今すぐ引き抜きたい。
 その気持ちを押しとどめるように温もりが手指を包む。確かに、ここは暖かい。
 だから。
 土と生き物の中で、唐突な冷たい棒状の物の存在は際立った。指先がひやりとした感触に触れ、すぐにそれは生物ではないと判じる。
 秘密の場所に剣がある。思い浮かべたのはそんなパターン。しかし、天叢雲でも、エクスカリバーでもない。引き抜けば勇者というわけではどうやらない。
 鉄の棒が刺さっている。埋まっている。
 ……ただの棒?
「何かある……」
 握って引き上げようとするも手が滑る。
 引っかかりを探って手を動かすと、奥の方で二股に分かれている。
 小娘の力で引き抜ける状況ではない。
「抜くのか?」
「はい」
「逆に掘り下げたらダメかい?」
 佐原龍太郎の提案に理絵子は首を左右に振った。
 
(つづく)

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