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桜井優子失踪事件【60】

【骨5】
 
 その感覚は同時に、ここが禁足地とされた理由を教える。ここは、この長寿命の一族が住みたまう地として隔絶された。
 僅かに残ったその血筋を守るために。
 蜘蛛なる人は大いなる疑念と驚嘆を示しながら二人の前に飛び降りた。
 ハッキリ言って物凄い体臭である。縄文人の復原像など毛深い姿で描かれるが、その姿を遙かに超えた筋骨であり体毛であった。……何も着ていない。だから男性であると一目で判る。勿論、学術的な縄文人とは一線を画するでろう。長寿は種を峻別すべき大きな特徴のはず。
「鬼、だね」
 登与が言った。ここは鬼骨山。
〈おに〉
 〝鬼〟と書こう。彼、は登与と理絵子の認識を反芻して寄越した。
「喋れないの?」
 現代日本語が通じるとは思わないが、テレパシーの会話は成り立つ。
 以下鬼の意志は言語に変換する。
〈お前たちと違う。お前たちも鬼と言うか〉
 二人は鬼に言語発生能力がないものと理解した。声帯を持っていない。また、風体から鬼という言葉で蔑まれて来たものと理解した。
「黒野さん」
 意志で通じるが、改まった感じで登与は理絵子を呼んだ。
「はい?」
「馬鹿なこと言うと思わないでね。この人、ネアンデルタール人の生き残りじゃないかな」
 ネアンデルタール。現生人類ホモサピエンスの一世代前の人種で旧人とも呼ばれる。最近の研究が言うには両種は同時に存在し、ほぼ似たような容姿を持っていたという。ただ、彼らは滅び、我々は生き残った。違いは言語の有無や闘争本能と言われるが、証明できた者はない。
 滅んだ彼らが生き残っている。映画化されたSFにそんなのがあった。
 確かに神武天皇が言った100万年は誇張に過ぎるにしても。
 5万10万年、彼らの治世が続いた。なら、あり得る。あり得るが。
「日本から旧人の化石は……」
「出てない。でも、日本列島は極めて大規模な地殻変動を繰り返して、1万2千年前には九州が丸ごと火山灰に埋もれるような大噴火が起こったりしてる。住んでいたから残るはず。残っていないから住んでいない、とは言い切れない。確たる物は何もない」
 
(つづく)

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