« 【理絵子の小話】武蔵野にて | トップページ | 短編集・総武快速Passing Love 【目次】 »

総武快速passing love ~稲毛~

 君を見たのは線路を挟んだ向こう側。各駅停車のプラットホーム。
 夏の日差しを浴びて、まぶしい白い制服で、君は立っていた。
 暑いのに、屋根のないホームの端で、君は照らされて立っていた。
 ただ、それだけ、だったのに。
 僕はその日から君を見つめるだけのために快速電車に乗った。
 各駅停車に乗ればいいのに。
 同じホームに降りればいいのに、快速電車に乗った。
 後ろ姿を見ただけなのに。
 横顔を見ただけなのに。
 そして陽光に輝く光を見ただけなのに。
 言葉も交わさず名前も知らず、なのに。
 雨の日君をホームで見かけた。
 傘もささず君はホームに立っていた。
 濡れたまま、濡れるがままに君は立っていた。
 僕は快速電車を飛び降りた。
 階段を駆け下りて、階段を駆け上がった。
 ホームの屋根の途切れるところまで。
 でも、僕はそこから先へ進めなかった。
 君の目が赤かった。
 何か封書を握りしめ、君は鈍く銀色に光る濡れた線路を見ていた。
 でも、僕は何も言えなかった。
 翌日プラットホームに君の姿は無かった。
 僕はもう一度快速電車を降りて、今度こそは屋根のないところへ歩いて行った。
「いきなりすいません。いつもあなたを電車の中から見ていたもので、つい」
 それは口にする機会の無かった言葉。口にしたかった、言葉。
 でも、そこには今、誰もいない。
 
千葉津田沼→

|

« 【理絵子の小話】武蔵野にて | トップページ | 短編集・総武快速Passing Love 【目次】 »

小説」カテゴリの記事

小説・恋の小話」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 総武快速passing love ~稲毛~:

« 【理絵子の小話】武蔵野にて | トップページ | 短編集・総武快速Passing Love 【目次】 »