桜井優子失踪事件【58】
【骨3】
「……気配」
登与が言った。
〝意識〟が存在する。それは人であり人ではない。
ハッキリしないが一つだけ明らかなのは念動力を扱う。
思ったそばからバイクのエンジンが燃料切れのようにストンと落とされ、ヘッドライトが消される。
自分さえ消えたかと思うような闇に包まれる。一人であれば超感覚を持っていても不安になったかも知れぬ。
何故なら相手は持てる超常なる力の大きさをあからさまに誇示している。
二人は互いの背中をピタリとくっつける。
「うぉっ!理絵ちゃん!」
「動かないで。……私たちの役目」
理絵子はマスターの残響が消えぬうちにそう返した。
気が付く。声が吸い込まれる。岩場であるから、徹底的にこだましこそすれ、消えるはずはない。しかし吸い込まれる。その吸い込む先は。
消えた音と残った音。僅かな時間差から聴覚が出した答えは、上。
見上げても何も見えない。しかし、今自分たちが立つこの位置は、上へ広がりを持つ大空間であると知る。
その空間を用いて……誇示するそれが存在する。
示された意図は捕食者である。それが、風吹き下ろすように上から降ってくる。
猛禽が風と共に舞い降りるように。
巨大な蜘蛛が脚を広げて降りてくるように。
「それだ!」
登与が言った。
では降りてくるこれは蜘蛛か。しかし、今回の冒険で蜘蛛は縄文の人たちの象徴。
そして、この山においてキモチワルイ生き物は神様の意志の故に。
対し自分たちはここまで来た、縄文の人たちの守護まで受けて。
その縄文の人々を象徴する蜘蛛がこの様態……食ってやる……はあり得ないのではないか。
「高千穂さん!」
二人は手を重ね、二人の手で錫杖を逆さに携え、あらん限りの力で天へ突き上げた。
刺し殺す意を持って。
対して。
二人の超常の視覚が捕らえる。
蜘蛛が四本脚とは聞いたことはない。
(つづく)
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