桜井優子失踪事件【65】
【地4】
「あら、こっちのカワイコちゃんだーれ?」
その者のセリフを続ける前に、金ネックレス……元彼の名を以下Kと書くことにする。
「K。何でこっちにしなかったんだよ」
〝口から汚れを吐く〟という物言いは聖書だったと思うが、その意味を理絵子は今体感していた。まさに毒を帯びた雰囲気が音波で出てきた。
さっきの土中の虫たちに這われる方がマシ……と言うか、比較するだけ虫たちに失礼。
理絵子はその思いに自らフッと笑った。
「余裕だねぇ。優子は私の親友なの、ってか?黒野の理絵ちゃんさんよ」
Kは言い、理絵子のフルネーム、中学校の名前、住所に電話番号まで言った。
すなわち、理絵子がここに来た目的を知っており、仮に東京へ帰れたとしても、自宅へ押しかけるぞ、という脅しであった。
その理由。含めて烏合の衆が平然としている理由。
Kの手の中に拳銃。
トカレフとか言った。ニュースで良く見る。引き金を引くだけで発射と次弾装填が自動的に行われるタイプ。
「なんだいその杖は。そういやエスパー気取りだったな。念力出すか?」
「撃ってみたら判るんじゃない?」
微動だにせず理絵子は言った。
風もないのにその髪の毛がふわりと広がるが、少なくとも烏合の中に気付いた者はいない。
背後に感じるマスターの驚愕、但し納得。佐原龍太郎の少し恐怖。
高千穂登与はそっと桜井優子の前に移動し、弾道と彼女の間に身を挺す。登与は自分の絶対の自信と、その根拠を認識しており、それらに基づいた安心感を持っている。
すなわち、念力と言うより、撃つなら事前に、それと判る。そして、対処する時間としてはそれだけで充分。
「じゃぁ、試してみるか」
銃口はその高千穂登与に向けられた。
それはKとして裏を掻いたつもりかも知れぬ。しかし理絵子は、銃口の前に錫杖をゆらりとかざした。登与も勿論それと知り、それで大丈夫と判っている。まばたきもしない。
発砲する。銃声は端的には爆竹を思わせた。即座に甲高い金属音がし錫杖が火花を放ち、
それなりの衝撃を受け、痺れに似た感覚が手指と腕に伝わる。
銃弾は確かに放たれ、そして杖で跳ね、どこぞへ飛び去った。
この一連の音に桜井優子が身を起こす。
「りえぼ……か?」
(つづく)
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