桜井優子失踪事件【70】
【結3】
長寿の彼にとり、それは何年前のことなのであろうか。
彼が杖で地面に穴開けて回り、少し遅れて当該地面が盛り上がり、ワインの栓のようにポンと音を立てて土砂利が少し飛び散り、すかさず火が付く。
炎の壁である。濛々と煙も上がり、残された男達は挙動はおろか姿を見ることさえ不可能。
正直、彼らが困ろうと関係ないのだが。
〈あなた方は虫たちと話してここへ来たのか?〉
「ええ」
理絵子はダイダラボッチの意図を男達に言葉で説明し、虫たちが這って出来た手首のミミズ腫れを彼に見せた。
その傷は然るべき関を通ってきたという何よりの証し。
〈それは龍神の許し。身体を動かして道を示した〉
「龍……」
南関東ガス田は水溶性ガス田。すなわち、地下水はガスと密接。
龍神が口から火を噴く……水と火との相反する関係の元は。その辺か。
そして、
「私たちはここに入るに当たって地下水の流れを変えた可能性があります」
理絵子は言った。龍の身体は水流そのもの。この錫杖はそもそも栓であり、栓抜いて流れを変えて自分たちはここへ来た。
それを現代の科学知見に基づいて解釈するなら。
「ガスの圧力がここへ集中するようになったのでは?」
元々製鉄用にガスを呼び込みやすくする設定だったはずである。栓を抜いたのはその設定に戻したことを恐らく意味する。
〈龍神が戻られる〉
それはつまり、その龍が数千年の眠りから覚めて土の上に顔を出す。
〈逃げられよ。私が食い止める。あの鉄の馬は速いか。馬なら間に合う〉
ダイダラボッチは言った。鉄の馬はバイクであろう。
「長居は無用だ」
マスターが言った。
「でも」
問題2点。その1、桜井優子の移動手段。
「マスター、優子をバイクに」
「お前が歩くってか?超能力あるから平気ですって?バカこけ。逃げ足ならあるよ」
桜井優子はそう言ってニタッと笑うと、火の向こうを指さした。
(つづく)
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