桜井優子失踪事件【73】
【結6】
「ゆ、ゆうこ……」
K、であった。全身ボロくずのような状態であり、応じた弱々しい声。
対し桜井優子は答えず、ただ、バイクにまたがったまま、振り向いた。
炎を受けてその顔が紅に染まり、瞳は赤く照り返して光を蔵す。灼熱色の髪の毛が気流に乱れる。ヘルメットは装着していない。
その瞬間。
「もろともくたばれクソ共!」
Kが持っていた最後の人傷つける道具。ライターの炎。
理絵子がそれを察知する。
マスターがライターの蓋を開く音に反応、伏せろと叫ぶ。
理絵子の意識が危機を発し、ダイダラボッチが応じて身を挺す。
彼らとKの間を巨体が遮ったその刹那。
ガスの充満したその空間で、Kのライター火花は火炎を誘導した。
爆風と、爆風の形をした炎とが生じ、ダイダラボッチがその身で受ける。
その巨体を壁とし、桜井優子がイタリア二輪車のスターターをキック。爆風に舞い、火炎にシルエットを描く彼女の髪の毛。
元・恋人、と表記して良いであろう、その身は火炎の中か、その向こうか、或いは存在していないか。しかし、桜井優子に特段の反応はなかった。スロットルを回してエンジンを確認するのみで、振り返りすらしなかった。
「付いて来い優子!」
そして佐原龍太郎が一度呼べば、声で連携する必要は無かった。
〈さらば〉
炎の中でダイダラボッチが杖を掲げ、理絵子は意志でお別れ。
3台のバイクが太古と繋がる隧道を馳せる。反響するエンジン音をなお増して爆発音が覆い被さり輻輳し、
その出口が永遠に塞がれたことを、途切れた風が教えてくれた。
トンネルを出、鳥居をくぐると、隧道からは彼らを追って水が流れ出して来た。あの滝の流路が変わってこちらに向いたのだろう。ダム湖の緊急放水のような有様となり、そこを数秒前まで人が通れたと思う者はあるまい。
水に対し曇天を焦がす紅蓮の炎。
引き続き古代の舗装路を駆け下る。視界に幾多の赤色灯が明滅し、緊急自動車の集結を教える。……それは、隧道が繋いだ数千年の時間差文明間を自分たちは移動したのであった。タイムトンネルをくぐった時間旅行者の感覚はこういうものか。
(つづく)
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