グッバイ・レッド・ブリック・ロード-208-
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……動く。
真由のクラスから、彼女が歩み出た。
ステージに向かう彼女を衆目が追う。演壇の二人は言葉を切り、見下ろす。その二人を含みのある表情で見上げ、迫り来る赤い髪の少女。
静まりかえった体育館に、キュッという靴音に引き続いて、場違いな金属音がカチャリ、と軽く聞こえた。
少女の右手に現れたスイッチナイフ。
「大丈夫。彼女には何もできない」
周りがナイフの存在に気付いて反応するより一瞬早く、レムリアは口を開いてメガネを外した。
それは一般にパニックが生じ、悲鳴と共に我先に逃げ出す……そんな状況に陥ってもおかしくなかったはずである。
しかし、ナイフの周囲に小さな声と、距離取る輪ができた程度で、パニック状態にはならなかった。
教員も含めて、誰一人、大げさなリアクションは起こさない。
何故か。
パニック化との違いとして一つあげられるのは、この集った生徒達が講演に対し“一体”になっていたことだろう。ある種“洗脳”に近いのかも知れないが、それがレムリアの言葉を素直に信じさせたのだ。最も、生徒はさておき、教員が動かなかったのは、レムリアの目配せに坂本教諭が背後で手のひらを広げ、教員を制していた部分もある。
果たして、彼女は即座刹那な行動には出なかった。教員陣は由香が飛び降りた時の失敗をついには繰り返さなかったのだ。実は多くの“実行動”は周囲のパニックこそが最後のトリガーなのだ。だからそれさえ気をつければ、“最後の一線”は回避できることが多い。焦る前にワンテンポ。
「おめでてーな」
ナイフの少女は動く代わりにか、言った。
その声が、怨嗟の唸りを伴い、館内に響く。
殺意。と書いて恐らく間違いあるまい。但しそれは、人命を奪い前途を絶つという、重い意味及び責任を伴ったものではなく、
“邪魔だから消す”という脊髄反射的心理。すなわち、蚊が腕に止まったから叩く……と同格と見て良い。衆目も教員も、罪も罰も関係ないのである。自分の行く手の障害を取り除く……ただそれだけなのだ。新聞社説を引くまでもなく、大人は子どもによる殺人に意味を求める。しかし恐らく、そうした子ども達は深い意味を持っていない。
(つづく)
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