いじめが「ある」のは異常なことか
教員の皆さん、クラスにいじめがあるのは不都合なことですか?
いじめは定義に従って認定されないと発生したことにならないらしい。公害や原爆後遺症の悪習そのものであって全く理解しがたい。たとえ被害者が自殺しても「直接の因果関係はない」とか未だに平気で言ってのける。死人にむち打つと言うが、教員の側が更に傷つけているんだということに気付いていないと思わざるを得ない。あなたがこれを読んでいるのが何年何月か判らないが、まぁいつまでも同じ事例はあり続けるであろう。
そんな教員に自分の子ども預けたいと思うか。
いじめ根絶と軽々にスローガン掲げるが、いじめという行為自体は太古より普遍的に存在し、根絶は不可能である。何故なら人間の根源的心理の一つ「気に入らない」に起因するからである。ただ、周辺事情が事態の深刻化を促進している傾向はある。その大きなものの一つが「隠匿性」である。そもそもいじめが陰でコソコソ行われるのは、「露見されたら罰せられる悪事」という認識が加害者にあるからである。比して冒頭の「認めたがらない」は「露見されたら罰せられる悪事」という認識が教員側にもあることを意味する。速やかに見つけ出すべきものなのにマトリョーシカ入れ子構造、同じ構造の檻に閉じ込めて隠匿を助長してどうするのだ。「あってはいけない」と罰するのではなく、「生じたら速やかに解決する」を評価するのがあるべき姿ではないのか。
先入観持ちたくないので(レムリアの視点・論点で見たかったので)、書くに当たっていじめ問題の教員側の捉え方を特に調査したりはしなかったが、現在ネットで検索すると、教員側の勉強会の資料などがいろいろ引っ掛かる。但し個人的には「子どもの世界」を見下すような上から目線が気に掛かる。経験に基づく分析は大いに結構だが、大人の勝手な判断の域を出ず、畢竟、それら研究会のマニュアル通りの行動を取って子ども達の心に響くと思わない。人格対人格のコミュニケーション、同一の目線、立場が感ぜられない限り人は心を開かない。
隠匿性の点でもう一つ忘れてはならないのがネットである。個人特定不可能なまま、特定個人を攻撃できるというステルスデバイスである。しかも書き込まれた「陰口」は全世界に対し残り続けるという可能性をも有する。但し、ネットに書かれただけでは身体的に傷付くことはない。ここがリアルとバーチャルの違いであり、糸口である。
「小日本」(しゃおりーべん)というのは中国や朝鮮が日本を蔑視して言う語である。我々がシナだチョンだ言うと彼らは差別だと怒るわけだが、彼らは彼らで日本が小さいというと日本人は怒ると考えているのである。しかし実際には「確かに中国より国土小さいしぃ」「何言ってんだこいつら」で終わってしまい、特に不快な感じは持たない。それはとりもなおさず、彼らが我々を真に理解していないとすぐに判ずるからである。ちなみに東北地方太平洋沖地震では、朝鮮のメディアが「日本沈没」などと嬉しそうに報じていたが、その日本から部品を購入して世界に売って自転車操業しているのが他ならぬ朝鮮である。経産省のサイト等で貿易収支を見てみると良い。彼らは対日本だけ貿易赤字なのだ。この場合、朝鮮は日本のことどころか、自分の足もとさえも見えてない文字通りの「身の程知らず」である。
と、書くと、あなたは朝鮮に対し軽んずる認識を持ったはずである(書いてあることは事実だが)。その軽侮の意識こそいじめの芽生えである。一方、軽侮の対象が日本沈没と書いたところで、痛くも痒くもないはずである。すなわち、的外れの悪口は何の影響も与えないのである。ここで重視したいのは後者である。「自分の本当の価値を知っている」ことは、言葉の暴力を物ともしないということだ。
客観的な視点による、個人の価値。それを量れるのはそばにいる人、そして、完全に公正な立場にある人。
……教員の皆さんに力を入れてもらいたいのは、いじめの有無を定義通りに判断してもらうことではない。誰にとっても、味方であること。
☆この物語はフィクションです。登場する人物・団体・機械装置・地名は全て架空の物です・・・わかりきってるでしょうが念のため☆
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