【理絵子の小話】出会った頃の話-1-
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もう先んじて立候補した。誰も挙手しないし、推薦となれば結果は明らかだからだ。
ちょっと今期は自分に任せてもらいたい、と思ったせいもある。その理由は。
「えーとあなたは確か……」
母親より幾らか年上という新担任がチョークで自分を指し示す。
「黒野理絵子(くろのりえこ)です。1年の時は1組でした」
立ち上がって頭を下げる。この中学の制服はセーラーだが、彼女は似合いの長い髪を背中に流し、頭を下げると応じてさらり。無駄を廃したと書くか、鉱物の原石や人知れぬ山間の泉にも似た、透明で澄んだ〝凜とした〟印象を与える娘である。
「他に立候補は……?ありませんか。推薦は?」
いつも思うのだが、クラス替えされた新学年1学期で〝学級委員を推薦〟出来るほどお互い知り合っているというのは少ない。否、あり得ないのではないか。
「じゃぁ、男子糸山秀一郎(いとやましゅういちろう)、女子黒野理絵子で決定です」
担任は黒板に糸山、黒野と書いてマルした。
「やったぜ理絵ちゃんと一緒ラッキー!」
拳突き上げて声を出し、クラスの笑いを取ったその糸山秀一郎というのは、野球部に属する秀才肌である。1年次は別のクラスだったが、小学校は同じ。
その頃はくりくり頭のハキハキした男の子だったが、今は童顔ではあるものの、背格好はすっかり〝男〟のそれだ。
「私は……ちょっと……かなぁ」
渋い顔して小首を傾げて応じたら同様に小笑い。糸山が泣きそうな顔をして更なる笑いを誘い、クラス中が沸く。しかし一部、それでも笑わない女子生徒あり。まぁ、学級委員に立候補するなんてのは、お高く止まった生意気な思い上がりという固定観念があるのは承知している。立候補するだけで反発を招くのである。だが、そのリスクを越えて気に掛かる、他の子に任せられないことが、この新鮮な教室に存在する。
「ともあれ、先生に楯突くのが仕事だと思ってますので、目安箱代わりにグチ言って下さい。よろしくお願いします」
「そうなの?怖いわねぇ」
クラスに頭を下げたら、担任はそう応じた。
その目には、意外、という印象を持った旨の光がある。
ちなみに1年次の担任にはベタホメされた。それが教員サイドの自分評平均値らしいことも聞いた。
でもそれは困る認識。
「お手数掛けます」
受け流して着座する。言葉は軽いが根は本気。なぜなら、
新鮮な教室に一つ空席があるのだ。張り出された名簿の人数は36。しかし今現在35名。なぜ、この担任は、初日から空席の存在に触れないのか。
(つづく)
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