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2011年5月

【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-10-

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 醜悪な男が自分とゲームキャラクターを同一視していることを知る。自分はその美少女キャラにそっくりらしい。
 衆目が醜悪な男に一瞬目をやり、しかしすぐにそのまま歩き出す。“触れた”のが何か叫んでいる、関わらない方がいい。そんな認識なのだ。
「……!」
 醜悪な男が自分を指差して何事か高らかに叫び、走り出す。ゲームの中で女の子を意のままに操る呪文であるらしい。
 明らかに虚構と現実の区別がついていないのである。正確に言うと、ゲームの世界観に埋没するあまり、現実で遭遇した似たような存在に認識の垣根が外れてしまった。
 もちろん、そんな者を自分たちに近づけるつもりは毛の頭ほどもない。傍らでハリーが鼻にしわを寄せて唸っているが、彼に噛みつかせることすら穢らわしい。
 レムリアは手を伸ばし人差し指を天に向ける。その先には輝きを持つ前の白い半月。
「(意図したこと形をなさず)」
「お姉ちゃん何か言った?」
 レムリアが小声で口にしたのは、日本語に訳せばそんな意味のフレーズ。
 月示した人差し指を唇に触れ、次いでその指を男に向ける。なお、乱用防止の観点から、彼女が言った言語について、文字での記述は差し控える。
 こんな出来事が生じた。
 醜悪な男の古びたリュックの底が抜けたのだ。
 道路上にドサドサと落下する、恥ずかしい表紙の本やゲーム。
「あーっ!あーっ!」
 醜悪な男はにわかにパニックになり、路上にしゃがんで本を集め始める。それらが衆人環視の中では恥ずかしい物体であるという認識、羞恥心はあるようだ。しっかりと目が覚めたか。
「お姉ちゃんすご……」
「行こ」
 醜悪な男がうろたえている間に、レムリアは真美子ちゃんの手を引き、ハリーと共に走り出す。男がそんな自分たちに気付き、また何か叫んでいるが、最早相手にする気は無い。角を曲がって男の視界からさっさと消える。
 信号を渡って駅前へ向かい、更に駅に出入りする人波に紛れる。更にはここの駅ビル“アキハバラデパート”に入り込んでしまえばよいのだが、ハリーがいるので無理。
「おうちあっちだよ」
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-9-

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「カワイイオジョサン、イッチャウノ?」
 無視する。目を向けることすら危険な気がする。真美子ちゃんの顔を覚えられては困るのである。
 このうそ寒い感覚。秋口の風が季節を先取りして冷たく感じる。
 前方から目線。
「パソコンいらない?はい安いよ。パソコン安いよ。パソコンいらない?」
 機械的なリズムで同じフレーズをくり返し、チラシを配る、ずろっと長い白装束の若い男。恐らく、多摩の男が言うところの、宗教法人を名乗る団体のパソコンショップの者であろう。
「パソ……」
 男がそこにいないかの如く、前を見てレムリアはそこを行き過ぎる。しかしそれで終わりではない。足を進めるほどにそこここに見て取れる、犯罪や、犯罪近似行為への落とし穴。
 さながらブラックホールの巣の中を歩いている気持ち。恐らく、自分がここでテレパシーを働かせたなら、おぞましさで吐き気を覚えること相違ない。
「お姉ちゃん痛いよ」
 レムリアは無意識に真美子ちゃんの手を強く握っていた。
 そのテレパシーが、休眠状態から警告を発したのはその時である。
 通りから奥まった場所に入口がある、薄汚れた雑居ビルから出てきた、一人の男。
 体型は運動不足と見えて肥満気味であり、アニメ系女の子の顔がプリントされた、薄汚れたTシャツははち切れんばかり。高飛車な物言いかも知れないが“醜悪”という文字を当てはめたくなる。その手にはシワだらけのコンビニビニール袋。背中にはすり切れかかったリュックサック。中身はどちらも本やゲーム。“萌え”というアニメに根ざした愛情近似の恋慕感情の存在を知っているが。
 これは違った。男の意識に充ち満ちているのは、“萌え”を隠れ蓑にした変態ロリコンだ。オランダにも日本のアニメのコスプレはあるし、アニメ好きという趣味自体否定はしないが、これは行き過ぎでいただけない。
 男は街中をキョロキョロ見回し、自分たちで視線を止めた。
 偏執狂特有のギラギラした圧迫感。
「エルシオン!」
 醜悪な男はレムリアを見るなりそう叫んだ。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-8-

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 レムリアの言葉に、真美子ちゃんは弾む声で答え、レムリアの手をきゅっと握った。
「それじゃぁ」
 夫婦に会釈。
「ごめんね。通りがかりだってのに」
「いいえ」
 レムリアは笑顔で応えた。
 強く感じるものがある。それは託された信頼。それを負う責任。そして自分たちを結びつけた、優しさといたわり。
 “いいな”と思う。この国のこういう人間関係はとても好きだ。
『お前たまに用もなく日本来るだろ』……多摩地区で数日の宿を借りている家の男は、からかい半分でそう言う。確かに、日本へ来る理由に、いつも絶対的な用事が含まれるかというと、そうでもない。
 なのに“ちょっと”来たくなる。その理由は多分この辺にある。
「ばいば~い」
 真美子ちゃんが夫婦に手を振り、ハリーと共に店を後にする。
「おうちはどっち?」
「こっち」
 真美子ちゃんが先頭に立って歩いて行く。どうやら電気街の向こう側まで横断するようだ。交差点を渡り、雑踏の中へ分け入る。
 角を一つ曲がる。すると、自分が親なら子ども(年齢的には自分も含めてだが)一人で来させたくない光景が広がる。
 『大通りの向こう側はお前さんには不快かもね』……多摩の男の言葉を充分に理解する。見回す必要もなく目に付く“18歳未満お断り”のゲームショップやビデオ店。デリカシー無く貼り付けられたその広告用の写真やイラスト。
『以前は家電機器とオーディオ、パソコン、そんなのが主体だった。だけど不況で利益が下がると、売れりゃ何でもいいや方向に変わっていった。古今東西、景気に左右されず一定の利益が出るのは、知っての通り大人向け』
 ため息が出る。確かに事実だし、どころか自分の住む町にはこういうバーチャルではなくリアルが存在する。自分自身を売り物にする飾り窓のマドンナ達。
 でも、ここまで露骨で下品で、汚らしくて……。
 更には……。
「オジョウサン、イラナイカイ?。ケータイ、タダデツカエルヨ」
 たどたどしい日本語が路上からレムリアを呼ぶ。口ひげを蓄え、肌の色が浅黒い、中東南国系の男だ。路上に敷いたレジャーマットに、明らかに正当な方法で入手したとは思えない携帯電話端末が並ぶ。プリクラ写真が貼られたままのものまである。
 更には……言いたいのはこれ、こうも犯罪的ではない。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-7-

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 そして真美子ちゃんがハリーに骨をあげている間に。
「これ、持ってってやって」
 レムリアに買い物ビニールを手渡す。
 温かい。
「チャーハンと餃子だ。あんたラーメン自分で作れるかい?」
「え……」
 レムリアは瞠目した。
 同情にあふれる主人氏の表情から全て読み取る。
 真美子ちゃんの家庭環境は決して良いものとは言えない。
「この子の母親、病気でもう随分伏せっているんだよ」
 レムリアは小さく頷いた。主人氏の意識に、真美子ちゃんの母親のイメージが浮かぶ。それによると、母親はひと頃、このラーメン屋で働いていたらしい。
「母ひとり子ひとりだから、充分に食べてるか心配でね。最もこの子は嫌がるんだが……」
 施しを受ける。受ける側の気持ち……さもありなん。
 一計。
「おいくらですか?」
 レムリアは財布を出した。
「え?いいよこれは……」
「元々晩ご飯どこかで買って帰るつもりだったんですよ。どうせなら真美子ちゃんちで作らせてもらって食べようかなと。……真美子ちゃん。私の作ったご飯食べてもらえるかな。私ね、今、お料理の勉強してるの。私の料理食べてみて、味に点数付けてよ」
 レムリアは言った。勉強しているのは確かである。
「テレビのグルメ番組みたいにさ」
 真美子ちゃんの顔がにわかに晴れやかになった。
「うん。いいよ。でもまみ厳しいよ」
「よろしくお願いします先生」
「じゃぁ500円だ」
 レムリアの意図を汲んだか主人氏が言った。しかしすぐに。
「でもウチの料理の代行調理アルバイト代が500円だ。だから差し引きゼロ」
 財布から硬貨を取り出したレムリアの手を押し戻す。
 やられた……レムリアはちょっと笑った。
「一枚上手でらっしゃいますね」
「年の功ってね」
 レムリアは主人氏の意図を汲み、硬貨を納めた。また今度お店の客として来れば済む話。
「じゃ、行こうか」
「うん!」
 
(つづく)

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【理絵子の小話】出会った頃の話-4-

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 理絵子は言い残し、相談室から直接廊下へ出、失礼しますと頭を下げて歩き出す。
 まだ部活も始まる前なので生徒達は殆ど帰ったようである。一部教室から談笑の声が聞こえてくる程度。一旦、新しい自分の教室に寄り、無人と戸締まりを確認し、昇降口で靴を履き替える。
 グラウンド脇の門から出、日当たりの良い急坂を太陽の方へ下る。周囲は山のてっぺん平らに削って作った住宅地であり、中学校はその斜面部にある。坂を下り、駅前から続くバス通りを挟んで再度坂を登ったところが別の住宅地で、家はそちら。
「おう理絵ちゃん」
 坂道の脇に立つ山小屋風の建物のドアが開き、口ひげの男が声を掛ける。
 喫茶店〝ロッキー〟のマスター氏。フロアマットをアスファルトに並べてパンパン叩いてホコリ払い。メインの客層はバス通りをもう少し行ったところにある女子大の学生達。ただ、大学の方はまだ前期開講しておらず、向こう数日は開店休業と言ったところか。
 ちなみに通う中学はこの店への出入り禁止令が出ている。理由、マスター氏は元〝ゾクのカシラ〟すなわち、珍走団の首領だから。このため、眉をひそめる風体のバイク乗りが夕刻を中心に店頭に集まる。
「また新ブレンド開発中なんだけどさ」
 マスターはニコニコ言った。気のよさそうな〝喫茶店のおじさん〟であり、過去にオイタをしたようにはとても見えない。
「あ、じゃぁまた寄らせてもらいます」
 理絵子は答えた。この会話から明らかなように理絵子は店に堂々と出入りしている。過去において父親が絡んでいることによる。ちなみにコーヒーやデザートの新メニュー味見係。マスターはタバコを吸うため、ピュアな味覚の持ち主の意見を参考にしたいという。
「ああ、待ってるよ。いつでもいいや」
 窓ふきに移ったマスターに手を振り、坂を下りてバス通りを横断。
 バス通りに沿って雑木林が残されており、住宅街と通りを隔てる。ここで右手に曲がって林に沿って上がれば自宅。
 対し真っ直ぐ住宅街のメインストリームを上がって行く。かなり急な坂であり、自転車で登るのは難儀。逆に小学生が猛スピードで走り下って交差点へ突っ込む事例が絶えず、路面に凹凸を設けようという話も出ている。
 坂道は若干右に曲がりながら徐々に緩やかになり、平坦に近くなると突き当たりの邸宅群が見えてくる。竹林を備えて引き戸の門を構えたのが目指す桜井家。千葉の資産家筋とおばさん達のウワサに聞いた。
 引き戸脇の呼び鈴を押す。
 ピンポーンと3回聞こえ、インターホンをいじるノイズがガサガサ。
『はい』
 女性の声。声色に警戒を感じる。
 見れば引き戸を覆う屋根下に監視カメラと警備会社のステッカー。
「あの……」
 学校の名前を言って、
「2年3組の委員で黒野理絵子と申します。新学期オリエンテーションのプリントをお持ちしました。優子さんはご在宅ですか?」
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-13-

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 男爵が皮肉と憎しみを感じるコメント。
 その背中のトガの中から……恬淡と書きましょう、落ちたのはジョンの左足です。
 ちぎれたのです。
「よこせ」
「だめっ!」
 かおるちゃんは骨だけ犬の前に立ちはだかりました。
「いいじゃねぇか。死んだんだろ?」
「ジョンは食べ物じゃない」
「死んだら食われて誰かの命になる。それが野性の掟だ」
 嘯(うそぶ)く。骨だけ犬の言いぐさはこの言葉がピッタリ。
〈お前が食って……どうなるんだよ、がらんどう〉
 男爵が吐き捨てるように。
「何だと!?」
 侮辱に聞こえたようです。骨だけ犬は男爵に噛みつきましたが。
 骨だけ犬の歯は何も噛むことが出来ず、男爵の身体を素通りしてしまいます。
 しかも、歯と歯が合わさったように見えたのに、カチンという音さえしません。
 骨だけ犬は姿こそ見えますが。
 私がかざした手は、骨だけ犬の身体を素通りしました。
 彼には〝実体〟が無いのです。
「へぇ!見えるのに触れないの?変なの、影みたい」
 かおるちゃんの言葉は単なる事実であり、基づく感想です。
 ところが、骨だけ犬はひどくショックを受けたようでした。最前の勢いはどこへやら、バラバラに砕けるようにしゃがみ込んでしまいました。
「オレは」
〈死んでるんだよ。だから〉
 男爵は極めて率直に言いました。肉声を出せる骨だけ犬が実体を持たず、テレパシーが通話手段の男爵には肉体の感覚がある。
〈こいつらは特別さ。ガイア様の気まぐれだよ。お前にモノを食うということはできないぜ〉
「それは本当か、翅人間」
 骨だけ犬は私に尋ねました。
「ここにいるということは、肉の身体を失ったということ。ありつづけることも、なくなることも、再び肉の身を持つことも、全てはあなたの気持ち次第。でも……その身体は特にこうしようという気持ちが無い結果に思えます。歩かなければ、永遠にそこにとどまるだけ。私たちはこれからガイア様の所へ行きます。生きることと死ぬことはどんな意味があるのかお話ししたくて。一緒に来ますか?」
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-6-

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 “魔法”と言われて、レムリアはちょっとドキッとしてから笑顔で言った。
 真美子ちゃんの指摘は実は正しい。レムリアはそう呼ばれる特殊能力の持ち主である。嘘をつくのはイヤなので否定はしない。ただ、真面目にその言葉を口にしても取り合ってもらえないので、自ら口外する気もない。
 ちなみに、彼女の能力はまだ半人前で、魔法もののアニメのように動物と会話することは無理である。ただ、意志は伝わるし、意図は判る。
「ハリーが真美子ちゃんをおうちまでエスコートするそうです」
 自分の仕事は終わり。レムリアは思い、そう言った。
 しかし。
 立ち上がろうとするレムリアをハリーがじっと見つめる。
「行っちゃうのかい?」
 と、主人氏。
「え~お姉ちゃん行っちゃうの?」
 と、真美子ちゃん。雲行きの怪しい表情でレムリアを見上げる。
 それでレムリアは知った。真美子ちゃんは自分になついてしまった。
 “区切りがつくまでそばにいる”……そんな気がした理由はそういうことか。
「やだ~。お礼もしてないのにぃ。まみのうちに来てよ~」
 真美子ちゃんは行かすまいとするかの如く、レムリアの手を両手でしっかりつかんだ。
 そこで店の主人氏が店内に戻り、女将さんがレムリアに歩み寄る。
「あんた、いきなりで悪いんだけどさ。この子、家まで送っていってやってくれないかね。ほら、最近いろいろあるでしょ?。ここ……変なの多いしさ」
 女将さんは顎と目線でレムリアの左上方を指し示した。
 ビルの屋上に設置された大きな看板。媚びた女の子のイラストが描かれている。いわゆる“美少女ゲーム”の広告である。
 レムリアはその意図を解した。確かに、この街にはそういう方面にばかり意識が向いている人間、本能的に接近したくない、見られたくもないというタイプがチラホラいる。
 幾ら、“知らない人に云々……”と言ってもだ。さっき飛び出したのと同じである。現に真美子ちゃんは見ず知らずの自分とここにいる。
「ハリーが吠えなかったんだ。あんたを見込んでさ。お願いできないかね」
 女将さんのまなざしにレムリアは頷いて返した。なすべき行動は一つしかあるまい。
 そこへ主人氏が戻ってくる。白い買い物ビニールと、スープの材料であろう豚の骨。まず、豚の骨を真美子ちゃんに渡し、ハリーにあげるよう一言。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-5-

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 こういうのは嬉しくて恥ずかしくて回答に困る。ので、とりあえず笑顔。
 ハリーが発泡トレーにもらったエサを食べ終わり、綺麗に舐めて尻尾をパタパタ。
「ハリー帰るよ。おじさんおばさんいつもありがとう。あっ……」
 真美子ちゃんは言い、そこで思い出したようだ。困ったようにリードの切れ端を見つめる。
「どうしよう……」
「荷造りの紐じゃダメかい?」
 女将さんが言う。
「ダメだろ。かと言ってあとはチャーシュー縛るタコ糸くらいしかないしなぁ」
「もっとだめじゃないか」
 主人氏の発言に女将さんが突っ込みを入れる。
 レムリアはその間にハリーに歩み寄った。
 ハリーが気付いて振り返る。
 見つめ合う犬と少女。
「お嬢ちゃんそいつは……」
「いい子だね」
 レムリアはハリーから少し距離を取ってしゃがみ、手のひらを差し出した。
 そのままじっと目を見つめる。ちょっと笑顔を忘れずに。
 警戒……許容。そして理解。
「おい噛みつかねーぞ」
「すごいねぇ」
 夫婦が話し合う。ハリーは自身を真美子ちゃんより地位が上と思っているが、その分保護意識があり、真美子ちゃんに近づく者は吠え立てて噛みつこうとするようだ。
 なぜ、この子が一人で、この街で犬の散歩が出来るか、レムリアは合点がいった。
「いい子だから一緒に帰れるよね」
 ハリーは尻尾をパタパタ。
「ありがとう。いい子だね」
 レムリアはおいでと両腕を広げた。
 犬が歩み寄る。レムリアは両手でごしごし撫でてやった。
「あらま~」
「お嬢ちゃん。犬と喋れるのかい?」
 不思議そうな夫婦。
「そういうわけではないんですけど……」
 レムリアは言った。
「すごい……魔法みたい……」
 自分を見つめる真美子ちゃんの目がまんまる。
「そお?」
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-4-

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「あ、あたし江藤真美子(えとうまみこ)」
「まみこちゃんか。よろしくね。あ、信号青になったよ」
 レムリアは真美子ちゃんの手を取り、大通りを横断した。
 そのまま真美子ちゃんの案内で、“心当たり”の場所に向かう。電気街から数ブロック奥、一方通行の細い道。
 配達駐車であろう、宅配ワゴン車の向こうに、パタパタと揺れる白い尻尾。
「あ、いた。ホントにいた!ハリー!」
 真美子ちゃんの声にわん!と吠える声。
 ワゴン車を通り過ぎると、イメージした通りの白い犬。及び、こちらを見ている白い厨房着の熟年夫婦。
 見ればラーメン屋の店先である。夫婦は店の主人氏と女将さんであろう。ハリーに発泡トレイに盛ったエサをあげている。
 ……散歩の途中、いつもここで食べ物をもらっている。レムリアは理解した。
「ああまみちゃん。良かったよ。心配してたのよ。ハリーだけ来たから」
「ごめんなさ~い。綱が切れちゃって。このお姉ちゃんに一緒に探してもらったの。お姉ちゃんすごいんだよ。ハリーがここにいること一発で……」
 女将さんと真美子ちゃんが喋っている。
 そして、主人氏の方はレムリアの方を厳しい目で見ている。
「あんた、この子の親戚か何かかい」
 主人氏は腕組みして尋ねた。刺すような声音。
「いえ、通りがかりで……」
「命の恩人だよ」
 真美子ちゃんはさらっと言った。
「え?」
 女将さんの目がまるくなる。
「お姉ちゃんがいなかったらあたし車にはねられて死んでたもん。お姉ちゃんホントは外人さんなんだよ。オランダに住んでるんだって」
 真美子ちゃんは言った。
 すると今度は主人氏の目が驚愕でまるくなった。
「へぇ。オランダかい。えらいべっぴんな大和撫子に見えるけどな。日本語も上手そうだし」
 声音がころりと変わった。
「……恐れ入ります」
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-3-

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 むろん特殊な能力である。その筋の用語でサイコメトリといい、持ち物から持ち主の情報を読み取るというものだ。
「うん。ハリーがいつも必ず行く場所ってないかな?」
「あっ!」
 心当たりがあるのだろう。彼女の問いかけに、女の子は円い目を見せて走り出した。
 振り向きざま、交通量の多い大通りへ飛び出そうとする。
「待って待って!」
 彼女は慌てて女の子を捕まえた。
 接近してきた車が急停止。窓ガラスにスモークを施した幅広のドイツ車。
「危ねぇぞバカヤロー!」
 タイヤのスリップ音と風体険悪な男性ドライバーの怒鳴り声に衆目が集まる。
「すいませんごめんなさい!」
 彼女は即座に頭を下げ、女の子を抱き寄せて歩道に下がった。
「気をつけろ!」
 本当は降りてきて殴りつけたい衝動にかられたらしいが、相手が幼すぎて沽券に関わるとでも思ったか、風体険悪なドライバーは再度怒鳴ると、窓ガラスを閉め、荒々しく車をスタートさせ、走り去った。
 彼女は小さなため息をつく。ひやり、とし、ハッとした。ヒヤリハットという奴だ。“車に気をつけなさい”と言い聞かせても子どもは飛びだして跳ねられる。こういう場合に起こるのだと納得が行く。
「ごめんねお姉ちゃん」
 女の子が言った。
「飛び出したのあたしなのに……」
 半べそ。
「いいよ。気にしないで。私はレムリア」
 彼女は女の子の頬に手をやり、笑顔で言った。自己紹介した理由、区切りがつくまでそばにいた方がいい気がするから。
「れむ……外人さん?」
 女の子の目が円くなった。
「そうだよ。いつもはオランダに住んでるんだよ」
 今日は東京多摩だが。
「すご~い。日本語上手なんだね」
「ありがと」
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-2-

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 支払いを終え、電話と財布をウェストポーチに収め、彼女は歩き出す。
 ここは総武線の高架下。個人店が多数入った雑居ビルになっており、電車が通る度音が響いて小刻みに揺れる。通路の幅はすれ違うのがやっとという程度で、ただ歩くだけでも大変。そんな通路の両側に間口1間の小さな店がひしめいているのが、ここの象徴的光景である。店先には電子回路部品、工具、携帯電子機器、果ては盗聴器や防衛関連機器までもが、雑然と隙間無く並べられている。それをスーツの男が、或いはリュックを背負った学生が、稀には顔を見られて困るのか、うつむいたサングラスの男が、品定めをしているといった案配だ。
 そんな男達の背後や、時にはリュックの下を腰を屈めて通って通路を抜け、のれん状にたわわに吊された電気ケーブルをくぐり、大きな通りへ出る。通りを跨ぐ橋梁線路を、轟音と共にステンレス製の電車が走る。
 電話の修理以外特段用事はないので、次になすべきはこの電車に乗ること。でもそう急ぐものでもない。小春日和だし、たまの東京。遅くならなければ少し歩いて無駄遣いもいいだろう。
 CDでも探して行こうか……彼女が電飾看板も派手派手しい量販店群を見回し始めたその時、電気の街にはおよそ場違いな人間が、目の前を通りかかった。
 女の子。7歳かそこいらであろう。赤いミニスカートに白いタイツ姿。犬のリード(引き紐)と思われる赤いロープをくるくる巻いて持ち、困った表情。
「どうしたの?」
 彼女は思わず、前屈みになって声を掛けた。
 女の子は彼女に目をやり、一瞬警戒の表情を示したが、相手も子どもの範疇と断じたか、すぐに頼るような目に変わった。
「ハリーがいなくなっちゃったの」
 リードを見せる。そのリードは一端がちぎれているようだ。結果、犬が逃げ出したのだと彼女は解した。
「一緒に探してあげようか」
 彼女は切れたリードを手にしながら言った。犬はオスのミックスで白くて毛が長い。シェットランドを真っ白くしたようなイメージか。女の子に対し自分がリーダーという認識で、いつも女の子をぐいぐい引っ張るように歩いていたらしい。
 そしてここ秋葉原には、必ず立ち寄る大好きな場所がある。
「いいの?」
 女の子が小さく笑顔を見せるまでのわずか数秒の間に、彼女はそれだけの情報を切れたリードから得た。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-1-

←レムリアのお話一覧へ次へ→  
 好きかと言われると、首をかしげてしまうのが正直なところであろう。
 東京・秋葉原。
 嫌い……ではない。香港にも通ずる、アジア的ゴッタ煮風とでも言うか、ぐつぐつと溢れ出てくるようなエネルギー感は、歩いていると元気をもらえる気がする。ただ、色彩的には派手だし、何より“有象無象が散乱している”という印象はいかんともしがたい。統一感のなさ、洗練されていない街の作りは、そういうのが備わった街の住人としては、たまに来るならいいけれど、住めと言われると……なのだ。
「お嬢ちゃん、終わったよ」
 トーンの低い男の声。くわえタバコで喋っているので発音が不明瞭。
「はい」
 短めの髪を翻し、店の男の方を向いた彼女は、一見してこの秋葉原向きというか、顔立ちがころんとしていることもあって、少女マンガから飛び出してきたようだ。その黒々と澄んだ瞳は、薄暗い店舗内では自ら光を放っているようであり、思わず見つめてしまう吸引力を有する。髪の毛は肩に触れない程度でスパッとカット。背は小柄。化粧っ気は全くなく、服装もブラウンのセーターにジーンズで洒落っ気はない。
 総じて優等生的スタンダードそのものであるが、メイド喫茶のビラ配りや、アニメやマンガのコスプレ少女が闊歩するこの地では、逆にシンプルさで目立って見える存在かも知れない。
「珍しいね、こんなの持ち歩いて。もっと安くて、もっと小さくて、軽いのあるのに。メールも映像も送れるよ」
 白髪頭にくわえタバコの店主氏は、軍が使う無線機のような、ごつい機器を彼女に手渡した。
 衛星携帯電話である。そして、雑誌モデルがニコニコ持ってる最新型携帯電話の広告を彼女に示し、店頭のモデルを一つ二つ手にとって画面を見せる。
「いいですこれで。都合で世界のあちこちに行くので……それで、修理代はおいくら?」
「そうかい。はい明細」
 店主氏はマーケティングを断念すると、修理明細書を彼女に示した。“買う気がない”なら、しつこく心変わりを試みるより新しい客を待つ。
 客は幾らでもいるからだ。
「ありがとうございました」
「はいよ。またな」
 
(つづく)

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東京魔法少女【目次】

01 02 03 04 05 06 07
08 09 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
(全21回)

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【理絵子の小話】出会った頃の話-3-

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「親御さん曰く『娘が行きたがらない学校など信用できないからお教えできません』」
 担任は即座に返した。そこで、
「それ親御さんの方が正しいでしょうね」
 理絵子はこう言った。
「えっ?」
「先生、なんで私にそんなことお話しになるんでしょうか。それこそ桜井さんの同意を得て話されてますか?」
 楯突く、の実践。というか、教員って個人情報の扱いが軽すぎないか。
「それは……」
 困った顔の担任。
 理絵子はため息をついた。教員に頼られるのは今に始まった話ではないので別に気にしないが、こうやって考えなしに大事なことを喋ってしまうパターンが多すぎるのだ。ちなみに、自分が学級委員に推薦されるのが多く、そうやって頼られるのは〝父親が警官〟という理由であり、勿論出所は教員。
 たかが子ども、という認識なのかも知れないが。
「まぁいです。秘密は守ります。親が親ですので」
「ごめんなさい……」
 自分に謝ってどうする。
 理絵子は続けて。
「彼女が、その桜井さんが、昨年度殆ど出席が無かったという事実は、私たち新2年生の間ではどの程度知られているのでしょうか。他の先生方は?」
「教員の間では共通認識です。生徒達に知られていることは無いはずです。ただ、主任からはあなたと連携が取れれば良い旨助言されました」
 生徒相手に敬語なのが気になるが、まぁ真剣さの裏返しなのだろう。
「それで、今年度も早々に欠席で、昨年の繰り返しになるのではないかと気を揉んでいる。こういう認識で良いですか?」
「ええ。なのでその……」
「判りました。ちょっと寄ってみます。プリントも渡したいですし」
 理絵子は立ち上がった。
「え?まだ何も……」
「何も聞きたくありません。先入観や表面上のおためごかしには敏感ですよ私たち」
 理絵子は応じた。単に、陰でコソコソ何か言われる行きたくない教室と思われるのはイヤだ。ただそれだけ。素のママの状態でアプローチした方が絶対に良い。余計な入れ知恵は要らない。
「では、失礼します」
「住所は……」
 理絵子は住所録の番地を口にした。住宅街の奥にある最も大きな面積のお宅だろう。
 すたすた歩き出す。
「え?一人で?私も一緒に……」
「生徒の力じゃダメになってからが先生の出番かと。まぁまずはお話してきますよ」
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】夏の海、少女(但し魔法使い)と。【13・完結】

←前へレムリアのお話一覧へ→  

 相原はクレジットカードを渡しながら言った。まぁ、自ら看護師と名乗った以上、とぼけても仕方あるまい。なお、レムリアが衆目慣れしているのはこうした経緯による。ちなみに彼女の本名はメディア・ボレアリス・アルフェラッツ……中世以降魔女を排出してきたとされる欧州の小国、アルフェラッツ王国の歴とした王女である。ボランティアの医療団体と行動を共にし、世界中を飛び回る。
 だから、彼女の傷口が化膿すると、世界中の子ども達が困るのである。
「かわいいですよね~」
「おかげさんでお店も繁盛したようで?」
 嫌味なので、相原は目線を外して言いながら、伝票にサイン。
「……バレてましたか」
 店長は後頭部をポリポリ。
「いえ、こちらも我が儘言いましたから」
「やっぱり魔法……ですか?」
「え?」
「彼女の国、代々女王は魔女と」
 そのセリフに、まず相原は伝票とカードを財布にしまい、次いでニタッと笑うと。
「だとしたら、気を付けた方がいいかもですよ。何せどんなにピンチの命も救う奇跡の娘ですから。逆もまた真なり」
「え?」
 意味を判じたかうろたえ始める店長を背に、相原は店を出た。
 階段を下りると、自分を呼ぶ高い声。
「どした!」
「あのでっかいペットボトル持ってきて!傷を洗いたい」
 すっかり日が暮れたが、輝く瞳はここからでもすぐ判る。
「バイタルは?」
「大丈夫!」
 相原はクルマから例の2リットルウーロン茶を取り出すと、砂浜へ向かって走り出す。
 近づいてくる救急車のサイレン。
 相原は時間を見ようと携帯を開き、その画面に壁紙として貼り付けた昼のスナップを見、小さく笑った。
 
 君は、君が思ってるほど、子供っぽくなくなってきてる。
 それが証拠に君が看護師だと手を上げて、その女の人、疑うようなそぶりを見せたかい?
 
夏の海、少女(但し魔法使い)と。/終
 
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【魔法少女レムリア短編集】夏の海、少女(但し魔法使い)と。【12】

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「いらっしゃ……」
「すいません、こちらに心臓マッサージの出来……」
「はい私看護師です」
 店員の声を遮り、青い顔した女性が問いかけ、
 その声が終わらぬうちに、レムリアが手を上げた。
「オレも行くか?」
「いやいい。会計してて」
 レムリアはウェストポーチを装着しながら女性の元へ。
「だったら後ろにAED入ってるから持ってけ」
 相原は言い、思わず振り返ったレムリアにクルマのキーを投げた。
 衆目の見守る中、宙を飛ぶ鍵束。
「買ったの?」
 キーをじゃりんと受け取りながら、レムリアが目を剥く。AED……すなわち自動体外式除細動装置。心臓電気ショック装置と書けば判りよいか。最近家電量販店で扱いが始まり、合わせて相原が購入したもの。
 ……生命に関わる装置であり、新入社員がひょいひょい買える金額ではない。ゆえにレムリアは目を剥いたのだ。
「まぁね。いいから行け!」
「あ、うん!……救急車は……呼んだんですね」
 レムリアは答え、状況を訊きながら、女性を追って走り出す。
 まるでドラマのような出来事にしばし客らはざわついていたが、残ったのが相原一人とあってか、めいめいそれこそドラマでも見終わったように、テーブルの食事に戻った。
 相原は落胆の雰囲気を背に、遠ざかる足音を確認すると、サイフを探りながらレジへ向かった。
 店長が応対。
「あの……お連れさんですが」
 囁くように相原に問う。
「はい?」
「姫様……ですよね。博覧会の講演に来て、ホテルでいなくなって行方不明か?って騒がれた。ボランティア団体で看護師やってる」
「……見た通りですよ」
 
(次回・最終回)

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【魔法少女レムリア短編集】夏の海、少女(但し魔法使い)と。【11】

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 検索し、開いて、相原は苦笑した。
「どうかしたの?」
「見てみ。こうなっとるらしい」
 レムリアに見せる。
「ん?……あ、ひど……」
 それはこの店のサイトのトップページ。
 “夏休みのミステリー!?行方不明事件の姫様6時半来店予定!”
 しかも防犯カメラの画像をパソコンに取り込んだものだろうか、レムリアの写真付きである。
 人寄せパンダ。わがままを言ったのは確かだが、だからって無断使用はどうだろう。
 レムリアは膨れ面でしばらく画面を見た後、画面を閉じ、両の手で電話を挟み、目を閉じた。
 何事か唱えるように口元を動かす。
 そして画面を開き、確認するように中を見、相原に戻す。
 相原は吹き出した。
 
“行方不明事件の姫様、来たけど帰りましたから。残念!”
 
 程なく、えー!なんだよー!といった類の声が店外階段の行列の方から上がり、文句の声が広がり、ぞろぞろ歩いて降り始める。行列の中に、携帯電話でサイトを覗いた者があったのだろう。
「お主、悪だな」
 時代劇調で相原は言った。
「咎めぬお主も相当よのお」
 レムリアは歯を見せて返すと、パフェの底に残ったコーヒーゼリーの最後のカケラを頬張った。
 食事は終了。
 伝票を指でつまんで立ち上がる。その時、明らかに食事目的とは思われない、急いだ調子で階段を上がってくる足音。
 性急にドアが開かれる。ドアベルの鳴り方が荒々しい。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】夏の海、少女(但し魔法使い)と。【10】

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 笑顔の店長氏に迎えられ、約束通り窓際の席へ。ところがここでも、歩く自分らに周囲の客から目線が集まる。
 これは、“ような気がする”だけの思い過ごしか。それとも。
 二人がテーブルに着くと「予約席」のプレートがどかされる。
 ディナータイムはコース料理のみとかで、レムリアが海鮮料理、相原はマグロと牛ステーキのセット。
 オーダーを受けたウェイトレスが下がる。
「ねぇ」
 レムリアは相原を呼んだ。
「んぁ?」
 そのまま二人見つめ合う。傍目には本当に見つめ合っているだけである。
 しかし実際にはコミュニケーションが取られている。
 会話形で書いてみる。
〈見られてる気がする〉
〈気がする、じゃないと思う。みんな君を見てる。通りすがりの美少女に送る視線じゃない。明らかに君が何者であるか知った上での行動だと思う〉
〈バレバレってことかな?〉
〈可能性があるとしたら店長でしょ。お前さん見て、いやにあっさりOKした〉
〈えー、でも何で?……まぁ、いいけど〉
 以上の会話を二人は意志だけで行っている。超常感覚的知覚の一つ、テレパシー。
 この特異能力はレムリアが持っている。
「お待たせしました」
 料理が運ばれて会話も中断。スープにサラダ、前菜が付いてメインディッシュ。
 レムリアは視線に知らん顔で食を進めた。こういう事態にある程度慣れているということもあろう。
 食後のデザートとコーヒーが運ばれる。料理は充分に美味しかった。
 しかし、入れ替わる客の目線は相変わらず。
 本当に彼女の素性がバレたのだろうか。でも、後は勘定だけであり、最早どうでもいい。
「ちょっと待てな」
 相原は携帯電話を取り出していじる。店のウェブサイトにクーポンが貼ってあって、画面を見せるとちょっと割引……良くあるパターン。
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-12-

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「あの山懐の湖水のところ」
 私は指さしました。標高にして500メートルはあるでしょう。連なる山々の間に大理石の白い城壁がチラリと見えています。妖精と人間さんが交流していたのはギリシャ時代が最後で、従いフェアリーランドなどの天国にあるガイア様の関連建造物は当時の仕様に基づきます。
「飛んで行けば早いよ」
〈それはいけません〉
 ジョンが言いました。
〈本来自力でたどり着くもの。飛んで行くなど、ましてや妖精さんの力でたどり着くべき場所では無いはず。あり得ないことをしてはならないと思うのです。確かにかおるちゃんがここにいるのは特別です。でもそれはありのままを、本来あるべきを見せよとのご配慮のはず〉
 私は頷きました。
「判った。なるほどね。あなたの意見に従いましょう。……かおるちゃん、神様の所まで歩くよ。ちょっと遠いけど、頑張ってね」
「神様が連れてって下さるんじゃ無いの?」
〈神は道を示すだけだ。その道を行くかどうかは、示された者が自ら決めること〉
 男爵が言いましたが、私はそれをかおるちゃんに伝えませんでした。人生哲学そのもので、難しすぎると感じたからです。
 出発します。広場に集まる4本の道のうち、南へ伸びる道がそのお城の方向です。
 町を出ると……骨だけの動物。
「肉をくれ」
 骨だけなのにどうやって音を出しているのでしょう。でも確かにその動物はそう〝言い〟ました。
「人間じゃないか」
 動物は言いながら、私たちの前に立ちふさがります。かおるちゃんが怖そうな表情。
 しかし。
「あなた、骨になっちゃったんだ」
 かおるちゃんは動物の前にしゃがみ込んで言いました。
「そうだ、だから肉をくれ」
「どうして神様の所へ行かなかったの?」
「食いたい。寝たい」
 動物は犬だったと私は知りました。溺愛されて食べるだけ食べ、一方でろくに散歩に連れて行くこと無く、肥満の挙げ句糖尿病で早死にしたようです。
〈醜悪な野郎だな〉
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】夏の海、少女(但し魔法使い)と。【9】

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「気持ちは判るよ。オレも中学出るまで成長しないんじゃないかとびくびくしてたからね。過ぎてしまえば個人差の一言なんだけど、当事者には目の前の壁。つーてもまぁ、幾ら言ってもアタマとココロは違うわな。だから、下手なことは言わないし、ありきたりなセリフも口にする気は無い。だからただ一つだけ。押さえ込まずにオレに当たっておくれ」
 するとレムリアは、何も言わず、砂の上に飛び降りた。サンダルを履いて、波打ち際へ。
 水の中に手を入れ、水をすくうようにして。
「そうする!」
 唐突に、笑顔で、水を相原へぶっかける。
 びしょぬれ。
「あのな」
「当たれって言ったじゃん」
「文句は幾らでも聞くが、って意味だ!」
 相原は言いながら、岩の上から水の中へバシャンと飛び降りる。
 盛大な水しぶきで今度はレムリアがびしょぬれ。
「ひど……」
「良く言うよ先に」
「えーでもあたしこんなにビショになるほどやってない~」
 二人笑顔でにらみ合う。
「やるかぁ?青春ドラマみたいにぶっかけあいするかぁ?」
 相原は水の中に手を入れ、レムリアを見、しかしその先実行に移さず、力が抜けたようにふっと笑った。
「その笑顔が、一番いいよ」
「お世辞は一度だけっ」
 レムリアはかまわず、相原に水をかけ、そのまま逃げるように走り出した。
 麦わら帽子を押さえ、短い髪をなびかせ、光の中を走って行く。
 そして夕刻。
 約束していた6時半近くに店に戻ると、中は客でぎっしりであり、外の階段にも人の列が続いている。雑誌にでも載っている店なのか。
 その居並ぶ列の脇を申し訳なさそうにすり抜ける。自分らを見つめる目線は狡いという意図であろうか。
「お待ちしておりましたどうぞ」
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】夏の海、少女(但し魔法使い)と。【8】

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 相原はマキロンで消毒し、絆創膏をぺたり。
「自分が処置されるなんて変な気持ち」
「痛くないか?」
「うん、大丈夫。ありがと」
 レムリアは言い、笑顔を見せ、砂浜の楽しい人々を瞳に映す。その表情、羨ましいような寂しいような。
 何か心に引っかかるものがあるのだ、相原はそこまでは判断した。海へ来たけど泳ぐでなく、服は着ているが大胆な方。
 そして、ビキニの少女達への目線。
「さっきのセリフって、出任せ?」
「あん?」
「周りがさ」
 レムリアはぼそっと言った。
 相原は続きを催促せず、彼女に目を向けるだけ。
「場所が場所でしょ。皆さん発達がおよろしいわけよ」
 冒頭触れたように、彼女は普段欧州にいる。当然、回りは欧州系の人種が多く、一般に彼らは女性でも大柄で、大人びてくるのも早い。
 ああ。相原は全部、合点が行った。
 でも、まだ何も言わない。
「日本はどうかと思ったけど……すごいね」
 レムリアはうつむいた。
 相原はレムリアの背後に回る。
「個人差の講釈は不要……だわな」
「わかってる。わかってるけど、回りがどんどん変わると、どうしても、さ」
「立派な思春期じゃん」
 レムリアは振り返り、相原を見上げる。
 瞳に輝きを浮かべて。
「オレがそーゆー女の子ばかりに鼻の下伸ばしていたように見えたか?」
「それは……ない、と思うけど」
 再びうつむく。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】夏の海、少女(但し魔法使い)と。【7】

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 ちぃっと露出度の高い服装のせいか。どぎまぎするような彼女の言動のせいか。
 レムリアは戸惑うように視線を泳がせたが、すぐにいたずら少女の笑みに戻って。
「おだてても何も出ないよ!」
 派手な水しぶきを上げて砂の上に飛び降り、服が濡れるのも構わず少し海の中へ走って行く。
 照れとるな。相原が濡れた背中に思った瞬間。
「痛っ!」
 レムリアが叫び、飛び上がるような動きを見せる。
「何か踏んだか?」
「みたい」
 右足を持ち上げて痛そうな顔。
 片足跳びで来いと言うのも冷たいので、ポーチとサンダルを岩に置き、波の中へざぶざぶ入る。
「結構ごつごつしてんじゃん。こりゃ裸足じゃあぶねーよ」
 相原はレムリアの片腕を肩に担ぎ、腰に腕を回した。
 その指先がびくりと震える。
「どうかした?」
「やっぱり綺麗になったよ。お世辞抜き」
 今度はレムリアがびくり。
 うつむき加減で黙ってしまう。そのまま水から上がり、岩の上にレムリアを座らせる。
 かかとの後ろを切っている。出血少し。尖った石か、貝殻か、はたまた割れたガラスの破片か。
「ポーチ開けるぞ」
「うん……あ、いいよ、そこまでしなくて」
「だめ。決して綺麗な海じゃない。化膿でもされたら世界中の子ども達が困る」
「……はい。すいません」
 開くと中は救急用具一式。包帯や業務用……即ち病院向けと見られるパッケージも含まれている。
 ある程度の救急用具を持ち歩く女性はいようが、彼女の場合量・質ともに半端ではない。
 普通の女の子の持ち物ではない。
 それはもちろん、彼女が普通の女の子ではないから。
 
(つづく)

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【理絵子の小話】出会った頃の話-2-

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「黒野さん」
 終業学活が終わった直後、理絵子は担任に呼び止められた。
「はい」
 荷物を持ったり、友達の元へ歩み寄ったり、そして出入り口へ向かう……そうした流れと喧噪の中で理絵子は立ち止まり、担任の手招きに応じた。
「ちょっとこれ持って職員室まできて欲しいんだけど」
 教卓の上、黒い表紙のクラス名簿を持たされる。あたかも職員室まで持ってこいと言わんばかり。
 が、それは仕事を手伝わせているかのように見せかけるポーズに過ぎない。実際にはもう少し複雑でクラスメートには秘密にして欲しい何かがある。
 それで用向きはピンと来た。気付いてないわけでは無かった。
「判りました」
 理絵子は名簿を抱えると、隣のクラスから自分を呼びに来た友達に「ごめん」と残して担任について行く。
「りえぼーが拉致された~」
 と、笑いを誘った友人の名は田島綾(たじまあや)という。
 帰宅の流れに逆らい、階段を登り、職員室に入り、担任に少し待たされ、「こっち」と、職員室を横断して案内されたのは〝生徒相談室〟。
「ごめんね突然、座って」
 後ろ手に扉を閉めながら、担任は着座を促した。
「はい」
 相対するなり、担任はとんでもないことを切り出した。
「あなたが学級委員を引き受けてくれることに期待がありました」
 首を傾げたら。
「出席番号女子の8番」
 名簿を開く。欠席を意味するチェックマークが1名だけ記入済み。
「桜井優子(さくらいゆうこ)さん?」
 やっぱりか、理絵子は思いながら空席の主であろう名前を口にした。
「ええ。彼女ね、去年殆ど出席がなかったのよ」
 つまりトラブル抱え。
「去年は何組だったんですか?」
 理絵子は訊いた。その去年の担任や学級委員をやってた子に訊いて……〝期待〟とは恐らくそういうことだろう。
「2年3組」
 担任は言い、理絵子は3組の担任、委員を記憶から呼び出そうとし、気が付いて目を見開いた。
 2年、と担任は言った。自分たちは今年2年生。
 つまり。
「同級生の先輩、ということですか」
「そう。仕方ないんだけど、ますます登校しにくくなるんじゃないかと」
「立ち入ったことを訊くようですけど、理由は?」
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】夏の海、少女(但し魔法使い)と。【6】

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 レムリアは行き過ぎる彼女たちを目で追い、一瞬だがうつむいた。
 相原に向かって笑顔を見せる。
「あっち行くよ!」
 あっち、と指さしたそちらは、海水浴には不向きな、人の姿の見えない岩場。
 走り出す。その姿が、まるで人混みから逃げ出すように感じられたのは、相原の気のせいか。
 見失って少女ひとりもどうかと思うので、相原は若干早足で彼女を追う。
 テーブル状の、大きな岩の向こうの潮だまり。
 波がないせいか、水は澄んで見える。とはいえそれは見た目だけで、所詮神奈川相模湾、見た目ほど綺麗じゃないのは承知。
 しばらく水遊び。小さなフグを追いかけたり、ヤドカリやタマキビといった貝類、カニも探した。
 満ち潮になり彼らが逃げ出すと、レムリアは小さな岩に腰掛け、水に浸かった足をばしゃばしゃ。細身のせいか手足が長く見える。特に足は書いたように色白なので尚。
 細くて華奢。それが出会った時の相原の感想。だが今はどちらかというと“長い”という印象が先に来る。
「じろじろ見るな」
 レムリアは水滴を相原に蹴ってよこす。光弾ける水滴の向こうの横顔。
 いたずら少女の笑顔である。だが、その目が少し寂しげにも見える。
 相原は濡れたメガネをハンカチで拭って。
「なぁ」
 声を掛ける。何か言ってやりたい……のだが、果たして何を言えばいいのか。
「ん?」
 レムリアは足のバシャバシャを止め、小首を傾げた。少女マンガのヒロイン向き、と相原は評しているわけだが、こういう動作・姿勢をされると、それが一層際立つ。
 出会って1年。
「お前、綺麗になったな」
「え……」
 レムリアは目を見開いた。
 相原は言ってから自分で驚いた。かわいい娘だとは思っているし、そう思ってると表明もしている。でも、口をついて出たのはそうではなかった。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】夏の海、少女(但し魔法使い)と。【5】

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 レムリアははにかみながら、自分の胸元に手を添えた。……と言っても、正直なところ、彼女が子ども料金で電車に乗っても咎める者は無いと思われる。一般に女の武器と言われるのは、男性心理としてスリーサイズは?と訊きたくなる状態だが、彼女の場合訊いたら逆にいけないのでは?というのが相原の正直な認識。最も、そんな目でこの娘を見たことは過去にない。というか、自分たちがそんなネタで喋ったのは恐らく初めて。
 相原は思わず手を添えた胸元に目をやり、ハッとして目線を外し、海へ向ける。
「……どうかした?」
 そんな相原に、レムリアは逆にからかうように言い、歯を見せた。
「何でもない。食ったらホレ、うろつくぞい」
「うん。わーい憧れの太平洋」
 ウェイトレスに出てくる旨伝え、道を横切って海岸へ降りる。
 レムリアは履いていたサンダルを脱いで素足。
「あつ~」
 焼けた砂に、ぴょんぴょん跳び跳ねるように足踏み。
「これ持って」
 レムリアは手にしたサンダル、そして巻いていたウェストポーチを相原に託した。
 波打ち際へ走り出す。相原は彼女を視界から離すことなく、ゆっくり歩いて後を追う。
 レムリアは嬉しそうだ。踊るように、水しぶき上げながら走る少女。海風に飛ばされないよう、麦わらを抑えて。
 そんなレムリアに相原は携帯電話のカメラを向ける。ピントだけ彼女に合わせて。
「レムリア!」
 呼んで、振り向いたところでシャッター。スナップされた彼女は、微笑んで、その瞳が陽光に煌めいた姿。
「肖像権の侵害!」
 レムリアは相原を指さそうとし、目の前を数人に横切られて慌ててその手を引っ込める。彼らはまるでレムリアなど見えていないかのように、談笑しながら行き過ぎる。
 見回せば行き交う人々はみな水着。そうでなくても軽くサマーウェアを羽織っている程度であり、薄着とはいえ着衣の二人は場違いという印象が否めない。
 目の前を転がるビーチボール。
 それを追って楽しそうに走って行く少女達。背格好や顔の造作からローティーンの……レムリアと同じ程度の少女達と見られる。ビキニ姿であり、そっちだけ見れば逆にそんな年齢とは感じない。要するに育ちが良く大人びているのである。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】夏の海、少女(但し魔法使い)と。【4】

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「……少々、お待ち下さい」
 ウェイトレス娘は困惑の表情でカウンターに向かい、中にいた店長とおぼしき白髪交じりの男性にボソボソ。
 店長は速攻、とばかり、下唇を噛んでカウンターから出てきた。
「お客さん。そういうのは困るんですがね」
 するとレムリア、
「だめ……ですか?」
 紅茶を飲むストローから口を離し、小さく首を傾げて、目をぱちくり。
 店長の目が一瞬見開かれたのを相原は見た。
「こちら……お連れさんで?」
 店長は相原に尋ねた。
「はあ」
「夕食もご一緒に?」
「当然」
「何時頃、の予定ですか?」
「日が暮れる頃……今日は18時50分日の入りか……6時半くらいかな?」
「彼女さん窓際に座って頂けるんでしたら、よろしゅうございます」
 店長は迷惑そうな表情一変、ニッコリ言った。
 それを聞いた傍らのウェイトレスが口をあんぐり。やや非難の色を帯びた目で相原とレムリアを見、横目を店長に向ける。でもケーキと伝票はちゃんとテーブルに置いて行く。
「判りました。じゃぁ6時半で。……キー預けた方がいいですか?」
 相原はテーブルの上のキーをつまみ上げてブラブラ。“食わず逃げ”しない証明としてクルマのキーを置いていっても良い、という意思表示。
「あ、結構ですよ。このお会計もその時で」
「あそ」
 店長はウェイトレスが置いていった伝票を手に、揚々と?カウンターに引き上げていった。
 レムリアと相原は思わず顔を見合わせた。何が店長の気を変えたのか。
「お前さん何かしたか?」
 相原はレムリアに訊いた。
「いんや?あ、でもひょっとするとアレかな?このワタクシめの女の武器でノックアウト」
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】夏の海、少女(但し魔法使い)と。【3】

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 レムリアの膨れた頬を相原が指でつついて空気を抜き、保土ヶ谷(ほどがや)バイパスへ入ると、渋滞は解消。相原は軽自動車のアクセルをグッと踏み込み、車速を上げた。信号なし、自動車専用、片側3車線。今はスースー走っているが、これでも渋滞する時はするので、この東京神奈川エリアの人口密度、クルマ密度が異様ということであろう。更にクルマはそのまま、有料道路である“横横”こと横浜横須賀(よこはまよこすか)道路に進行する。終点まで走って三浦半島先端に向かう手もあるが、相原は途中で降り、鎌倉・鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)の脇を抜けて七里ヶ浜(しちりがはま)海岸に達した。
「すご…」
 海沿いのT字路を右折するなり、レムリアは思わず身を乗り出した。気温が降下し始める時間になったはずだが、134号線の車窓左側に連なる海岸は、日なたを探すもままならぬほど、隙間無くびっしり並ぶビーチパラソル。
「適当に止めるよ」
 鎌倉市の市営駐車場もあるにはあるが、こう混んでいては駐車場所の選り好みはできない。海から道を挟んで反対側、丁度1台クルマが出たレストラン駐車場へこれ幸いと止める。白い柱に白い壁、夏の日射しに眩しく輝く、オシャレな外観の(料理の値段の高そうな)レストランだ。
 相原はポケットの上から財布に触れながら小さく舌打ち。
 レムリアが麦わら片手に助手席を降りる。
「お店勝手に止めていいの?」
「良くない。だからまずお茶」
 フロアは建物外付けの鉄板階段を上がって2階。カランコロンとエントランスのベルを鳴らして入る。海岸はぎっしりだが、中もそれなりで、空いたテーブルがどうにか一つ。全席禁煙なのは評価大。
 その空いたテーブルに陣取ると、いかにも夏休みバイト、という風なウェイトレスのそばかす娘がお冷やとおしぼり。そのまま動かないあたり、即刻注文しろいということだろう。手っ取り早くケーキとお茶のセット二つ。レムリアはアイスティー。相原はアイスコーヒー。
「すいませんがね」
 琥珀色を持ってきたウェイトレス娘に相原は相談を持ちかける。夕食もここで食うからそれまで数時間、車を止めさせてくれ。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】夏の海、少女(但し魔法使い)と。【2】

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 行くとも言う前から準備万端のレムリアに、相原はため息をつき、ずり落ち掛けたメガネを指で押し上げた。
「“強引な娘だ”ってセリフ、佃煮にするほど言った気がする」
 言いながら、携帯電話を取り出してボタンを操作。
「是非それで佃煮作ってご飯食べて下さい」
「おもしろくねーしおいしくねーし」
「煮込みが足りないんじゃない?そうだ。夕暮れまでいて夕飯食べて帰ろうよ」
「言うと思った。母親には晩飯不要ととっくにメール済み。その佃煮食わせたるで覚悟しろな。冷蔵庫にウーロン茶あるから出して来なせ」
 相原は携帯電話をポケットに収めた。
「わーい。ってあれ?あれって確か2リットル……」
「小さいのちまちま買うより効率がいい」
「持ち歩け?か弱い乙女に持ち歩け?」
「2リットルのペットぶら下げて黄昏の湘南海岸を歩く少女…実にいい夏のワンシーンじゃないか」
「で、そのペットをおもむろにオタクな22歳の後頭部に振り下ろすと」
「凍ってれば武器になるかもな。お前さんの細腕で振り回せれば。しかしオタクな22歳は砂の上のシルエットで直前に気付き、ひらりと回避」
「したつもりが日頃の運動不足がたたって……」
「えーい。もういい。キリが無いわい。クルマ冷やしておくから、ジタバタして出てらっしゃい。多分渋滞で2時間半は掛かるからそのつもりで」
 つまり、ジタバタとは、トイレなど済ませておけ。
「はーい」
 レムリアは先に部屋を出る。
 相原の家から最も近い海は、神奈川県のいわゆる湘南海岸となる。国道16号を南東へ駆け下るが、東名高速道路のインターチェンジを始め、名だたる渋滞箇所がいくつもあり、抜けるまでに相原の予想通り2時間を要した。
「だから日中の16号はヤなんだ」
「悪うござんしたね。ぶー」
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】夏の海、少女(但し魔法使い)と。【1】

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「海行きたい」
 黒い瞳をキラキラさせて、目の前の少女は言った。
 少女は彼に、自分のことをレムリアと呼ばせている。身長152。もうすぐ14歳になるが、このところ少しずつ背が伸びているとか。ビジュアル的には少女マンガのヒロイン向きと言おうか。肩に触れずにすぱっと切った、ショートカットでサラサラの黒髪に“ころん”とした顔立ちの持ち主。その表情を眺めていると、見ている自分まで笑顔になっしまう、そんな涼やかな可憐さをまとった娘だ。盛夏であり、服装はノースリーブにショートパンツ。普段はジーンズだが、それではさすがに暑いとか。それが証拠に、腕にはひと頃のスポーツ少女のように日焼けが見られるが、ほっそりした足はそうでもない。
「今からは混んでるぞ?」
 せがまれたメガネの男は、後頭部をボリボリ掻きながら、眉根をひそめ、少し頬を赤くした。相原学(あいはらまなぶ)。身長168。今年から会社勤めという22歳である。電気エンジニアのタマゴであり、秋葉原でしかめっ面して“トランジスタ技術”を読んでいたところ、レムリアに“お似合い”と大笑いされた。美男子というわけでもないので委細略する。
 このように年の離れた二人であるので、一緒に行動する時、関係を説明するには、“いとこ同士”ということにしてある。しかし、実際には二人の間に血縁はなく、どころか、レムリアは見た目に反して日本人ですらない。
「混んでても構わないよ。泳ぐわけじゃないから」
 レムリアは言うと、ボストンバッグから青いポーチを引っ張り出し、中から日焼け止めクリームを出して顔と手足に塗り始めた。
「海ならお前さん住んでるとこ干拓するほどあろうが」
 相原のセリフの意図については、オランダの正式国名“ネーデルランド王国”の語源をお調べ頂きたい。
「太平洋に行ったってのが自慢のタネになるんだよ」
 レムリアは言い、麦わら帽子をかぶってニタッと笑った。確かに、欧州から太平洋を臨むには、アメリカかユーラシアのどちらかを横切る必要がある。
 ウェストポーチを巻いてベルトのロックをパチン。
「はい、いいよ」
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-11-

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〈見て判らないかい?君が庭に埋めた僕は、そこでこういう状態なのさ〉
「だから、お花をあげてるよ」
〈そのお花はどうなってる?花はしわくちゃになって、茶色になって、やがてボロボロになるだろ?僕だって同じなのさ。そしてやがて骨になる。骨もやがてボロボロになる。横を向くから良く見てごらん〉
 ジョンは身体の向きを変えました。もう腹部は骨が出ていて、向こう側が見えます。
〈判ったかい?ここは空っぽなんだ。そして、この空っぽがだんだん広がっていって、僕の全部が空っぽになって、骨だけになる。そのことをかおるちゃんが気付いてくれないと、僕は神様の所へ行けない〉
「行けないと……どうなるの?」
〈骨だけじゃ動けないからね。骨だけになって、そこで止まったままになる。ずーっとずーっとそこで止まってる〉
 彼の物言いが、〝死を許容しないと死んだ側も浮かばれない〟と言われる内容であることが段々判ってきました。
〈お前よぉ。おい小娘〉
 マーストリヒト男爵がかおるちゃんを呼びました。
「あたし?」
〈そうだよ。お前、こいつを神様の所へ連れて行ってやれよ。見た限り、今すぐ神様の所へ動き出したとしても、着く前に骨だけになるぜ。お前、こいつを、ずーっと動けないひとりぼっちの石にしてしまいたいのか?〉
 オカルト用語の〝地縛霊〟という言葉をご存じの方もあると思います。
 また、骨は単なるカルシウム。化石という意味もありましょうか。
「ひとりぼっちで……動けない……」
 かおるちゃんはつぶやき、そして少し考えて。
「判った、ジョン、行こう。」
 その時。
 ジョンの、後ろ足が、外れてしまいました。
「あっ……」
〈言わんこっちゃねぇ。妖精さんよ。こいつの身体を袋に入れてオレの上に載せろ〉
「でも」
-放っておくと、この子の精神に異常を来すような事態になるぞ。
「判った」
 私は手品の要領でトガをもう一着取りだすと、ジョンをぐるりとくるみ、顔だけ出した状態で、男爵の背中に乗せました。
〈ガイア様の王宮はどっちだい〉
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】マジック・マジック-8・完結-

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★★★★★★★★
 
〝だましているみたいで良心が咎める。〟……その最大の理由。
「悪いけど……」
 レムリアはゆっくりダリに目を戻した。そして、彼の手のひらのお金を、そのまま彼に握らせた。
「……だめ?」
「そうじゃなくて」
 レムリアはコインを握った彼の手を、指先でつんつん突ついた。
「マジックじゃないんだ」
 次いで、彼のズボンのポケットを指さす。
 指さされたポケットに彼が手を入れる。
 50セント。
 他方、握ったはずの手のひらにコインはない。
「うわ!」
 レムリアを見つめる、彼の仰天した目。
「マジック、なんだ」
 レムリアは指をパチンと鳴らす。鳩とウサギがシルクハットから相次いで出てくる。
 そして鳩は羽ばたいて、ウサギは一回ぴょんと跳ねて、それぞれ彼の両肩へ。
「……どういうこと?マジックじゃなくてマジックって」
 混乱に泳ぐ目でダリがレムリアを見る。
「トリックという意味のマジックじゃなくて……」
 レムリアは今度はシルクハットからひまわりの種を取りだし、握った。
「ソーサリーという意味のマジック」
 言って手を開く。種は小型の花に変わった。
 ダリが黄色いひまわりを手にし、まばたきも忘れて暫く花と茎を見つめる。
「ソーサリー……魔法……」
 レムリアは頷いた。そして、ダリの右手を、両手で挟むように握った。
「……」
 呪文を唱える。それは現代の誰が聞いても判らない、遠い遠い過去の言葉。なお、文字にしても作用するということなので、ここに記述することは控える。
「う!」
 ダリの身体が感電したように一瞬震えた。
「子供達に夢と希望を……少し身体がだるくなる。力が戻ったら、月の光の中で、試してみて。じゃあね」
 レムリアは言って立ち上がる。ダリが何事かと問うような目で、握られていた右手を覗き込む。
 そして、歩き出したレムリアを呼び止めようとしたが、言葉は声にならず、身体は腰が抜けたようになってその場にへたり込んでしまう。
 レムリアは立ち止まらずそのまま去った。……月よ、今宵我が友に奇蹟を。
 
 ……市内ニュースのサイトによると、孤児院の庭に、花の大きさが1メートルもあるひまわりが突然咲いたという。
 
マジック・マジック/終
 
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【理絵子の小話】出会った頃の話-1-

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 もう先んじて立候補した。誰も挙手しないし、推薦となれば結果は明らかだからだ。
 ちょっと今期は自分に任せてもらいたい、と思ったせいもある。その理由は。
「えーとあなたは確か……」
 母親より幾らか年上という新担任がチョークで自分を指し示す。
「黒野理絵子(くろのりえこ)です。1年の時は1組でした」
 立ち上がって頭を下げる。この中学の制服はセーラーだが、彼女は似合いの長い髪を背中に流し、頭を下げると応じてさらり。無駄を廃したと書くか、鉱物の原石や人知れぬ山間の泉にも似た、透明で澄んだ〝凜とした〟印象を与える娘である。
「他に立候補は……?ありませんか。推薦は?」
 いつも思うのだが、クラス替えされた新学年1学期で〝学級委員を推薦〟出来るほどお互い知り合っているというのは少ない。否、あり得ないのではないか。
「じゃぁ、男子糸山秀一郎(いとやましゅういちろう)、女子黒野理絵子で決定です」
 担任は黒板に糸山、黒野と書いてマルした。
「やったぜ理絵ちゃんと一緒ラッキー!」
 拳突き上げて声を出し、クラスの笑いを取ったその糸山秀一郎というのは、野球部に属する秀才肌である。1年次は別のクラスだったが、小学校は同じ。
 その頃はくりくり頭のハキハキした男の子だったが、今は童顔ではあるものの、背格好はすっかり〝男〟のそれだ。
「私は……ちょっと……かなぁ」
 渋い顔して小首を傾げて応じたら同様に小笑い。糸山が泣きそうな顔をして更なる笑いを誘い、クラス中が沸く。しかし一部、それでも笑わない女子生徒あり。まぁ、学級委員に立候補するなんてのは、お高く止まった生意気な思い上がりという固定観念があるのは承知している。立候補するだけで反発を招くのである。だが、そのリスクを越えて気に掛かる、他の子に任せられないことが、この新鮮な教室に存在する。
「ともあれ、先生に楯突くのが仕事だと思ってますので、目安箱代わりにグチ言って下さい。よろしくお願いします」
「そうなの?怖いわねぇ」
 クラスに頭を下げたら、担任はそう応じた。
 その目には、意外、という印象を持った旨の光がある。
 ちなみに1年次の担任にはベタホメされた。それが教員サイドの自分評平均値らしいことも聞いた。
 でもそれは困る認識。
「お手数掛けます」
 受け流して着座する。言葉は軽いが根は本気。なぜなら、
 新鮮な教室に一つ空席があるのだ。張り出された名簿の人数は36。しかし今現在35名。なぜ、この担任は、初日から空席の存在に触れないのか。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】マジック・マジック-7-

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★★★★★★★
 
 大きなソラマメ。
「お金はこの子達にはちょっと」
「判りました」
 レムリアは受け取ると。
「ダリ、手伝って」
 豆を投げる。ダリは笑って受け取ると、右手に握って高く掲げた。
「さあ~みんな見てな。このお姉ちゃんがこの豆をどこかへ動かしちゃうよ」
 子供達の目が輝き、視線がダリの手とレムリアに注がれる。
 レムリアはモップの柄でダリの手を指し示した。
「アン、ドゥ、トロワ!」
 ダン!……と、タップダンスの要領で床を鳴らす。
 が、すぐに彼女は下唇を噛んで下を向いた。
「……ごめんなさい。失敗しました」
「え……」
 ダリ少年が目を円くし、子供達から笑みと歓声が消えた。
 静まりかえる。ダリ少年が手を開く。
 豆はそのまま。
「……ごめんなさい」
 頭を下げるレムリア。がっかりしたような子供達。
 場が白けてしまった。
「……これで終わりにします。どうもありがとう」
 レムリアは言うと、広げた道具を抱えて即座に食堂を出た。
 廊下で荷物をまとめる。子供達は黙ったまま。
 イスを畳み、担いで歩き出す。シルクハットには鳩とウサギ。
 背後で食堂のドアがガラリと開いた。
「待ってよ」
 ダリが走ってくる。逃げても追いつかれる。レムリアは立ち止まった。
 ダリはレムリアの前に立った。
「待てよ。……うまく行かなかったみたいだけど、あげるものあげなくちゃ」
 差し出される50セント。レムリアはうつむいたまま。
「だ~め。失敗したから私……」
「わざと、だろ?君が失敗するはずないって。僕に払わせないようにするためだろうって。“ミラクル・プリンセス”様」
 その言葉に、レムリアはゆっくり顔を上げてダリを見た。
 シスター、言っちゃったんだ……。
「でも……」
「オーケー判った。払わない。君のショーは失敗だ。でもこれはこれで受け取って欲しい」
「え?」
「出演料じゃない。レッスン料さ。僕にもマジックを教えて」
 ダリはレムリアをじっと見た。
 レムリアは彼から目線を外す。ダリは食い下がるようにレムリアの手首を握る。
「みんなに楽しんでもらいたいんだ。それに……僕が覚えれば僕自身が小遣い稼げる。みんなにお菓子とか買ってあげられる」
 
(次回・最終回)

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【魔法少女レムリア短編集】マジック・マジック-6-

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★★★★★★
 
 子供達が絶句して身を乗り出す。シスターは傍らで見ながら首を傾げている。
 レムリアの手品は、持参した小道具を使うのではなく、その場で調達した物品で行うところに特徴がある。ゆえにタネも仕掛けもあるように見えない。鮮やかにして不思議極まりない、思わず首を傾げてしまう、となる。
「ああ、お庭に鳩が来てますね。ちょっと手伝ってもらいましょう。鳩さん鳩さんちょっと来て。……ダリ、窓を開けて。それからその隅にあるモップを持ってきて」
 ダリ少年が窓を開け、レムリアは鳩に手招きする。
 窓から飛んで中に入ってくる鳩。
 動物との意思疎通。子供達は開いた口が塞がらない。
 レムリアはイスの上にひまわりの種を幾らかパラパラ。
 ダリ少年が子供達同様、不思議そうにレムリアと鳩を見ながらモップを持ってくる。但しモップといっても樹脂のパイプとストッキングの切れ端を使った手作りのもの。
「ではこの種を魔法のほうきで……」
 レムリアが子供達に説明を始めると鳩が種をつついて食べる。
 子供達が言いつけるように指さして指摘。しかしレムリアが鳩に目を向けると。
 鳩は知らんぷり。
「食べた?」
 無視して羽繕い。
「……やりなおし。このほうきの柄に種を入れると一瞬で花に……」
 また種をつつく鳩。子供達の声。
 しかしやはりレムリアが鳩を見ると、鳩は澄まし顔。
 そこでレムリアは唇に指を当て、子供達に“し~っ”とやると。
「この柄に種を入れると一瞬で花になる手品を……」
 と、言いながら、鳩にそーっと目を向ける。
 すると、種をくちばしにくわえた鳩と丁度目が合った。
「それ、どうするの?」
 レムリアが尋ねると、鳩はパイプ柄の中央の空洞に種を入れた。
 その途端、レムリアはモップをくるりと一回転。
「はい!」
 種を入れた穴から、小型のひまわり一輪出現。子供達は大喜び。
 レムリアはそれを一番幼い女の子にあげた。
 女の子が受け取る。まだ話せないのだろう。レムリアを見てただニコニコ笑う。
 それはそんな幼いのにみなしごであることを意味する。
 気を取り直して、
「……さあ、それでは今日最後の手品です。シスター。コインをお持ちですか?」
「え?あ、ああ。……ちょっと待っていて」
 シスターがニッコリ笑い、食堂を出る。
 程なく戻ってきてレムリアに手渡したのは。
  
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】マジック・マジック-5-

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★★★★★
 
「あらあらダリ。そうだったの」
 シスターがからかう。
「違うって!。この娘、手品、上手、見せたい」
 必死に弁明するダリ少年の背後で、レムリアはウィンクして見せた。
 シスターは彼女の手品を知っている。
「……とにかく入って下さいな。ダリはみんなを集めて。食堂に場所作らないとね」
 シスターに招かれてレムリアは中に入る。その間にダリ少年が子供達に声を掛け、集まった子達に指示を出し“ステージ”づくりがあわただしく始まる。
「ウサギならいるわよ」
 折り畳みイスを下ろしたレムリアに、シスターが言った。
 レムリアが振り返ると、シスターの腕に白ウサギが一羽。
 レムリアはしゃがみ込む。そしてウサギの赤い瞳をじっと見つめる。
 見返すウサギ。その視線はまるで知性ある生き物のよう。
「おいで」
 数秒の後、レムリアは両手をウサギに差し出す。ウサギがシスターの手を離れ、レムリアの胸元にしがみつく。
「ありがとう。ちょっと手伝ってね」
 レムリアはウサギに微笑みかける。不思議そうに首を傾げるシスターベレロワ。
「相変わらずね。いつか狂犬からテントを救ってくれたのを思い出すわ」
「その場しのぎに過ぎないんですけどね」
 レムリアはウサギをなでながら小さく呟いた。
「そうね。でも人間の病気の根絶すらまだまだですもんね。動物の病気は二の次三の次」
 食堂の中から声があり、ドアから顔を出すダリ少年。
「できた。みんな待ってる」
「判った」
 レムリアは言うと、ウサギを肩に乗せ、イスを持って食堂へ入った。
 自分を見つめるたくさんの小さな、しかし澄んだ瞳。
「みなさんこんにちは。今日はみんなにマジックを見てもらおうかなと思って来ました。レムリアといいます。よろしく」
 シルクハットを手に持って深々とお辞儀をする。
 同時にウサギも一礼。子供達から歓声。
 マジックショーを開演する。トランプのカード当て。頭にウサギを載せてシルクハットをかぶるとウサギがいなくなる。切ったはずなのにちゃんとつながっている紐。びりびりに破いたはずなのに丸めて広げると元通りになっている新聞紙。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】マジック・マジック-4-

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★★★★
 
 彼女は納得した。その子供達は外見が“欧州系”の人たちに極度の恐怖心を抱いているのだ。
 ……だから、東洋系である自分なら警戒心を抱くことはあるまい……この男の子はそう考えたのだろう。
「(行くよ。今すぐがいい?私はレムリア。あなたは?)」
「(ダリ。ダリ=ヘミリット。今でいいならすぐ来てくれよ)」
 男の子ダリは答え、コインをもう一度差し出す。
 彼女レムリアは首を横に振って、男の子の手を押し戻す。
「(それは成功してからいただくもの。あとでね)」
 レムリアは言うと、男の子の案内で孤児院へ向かった。以下邦訳のカッコ書きを略す。
 いつも賑やかな食品市場を横切り歩いて10分。孤児院は教会の裏にあり……そこが古い寄宿学校の校舎だとレムリアは知っている。
「シスター。シスターベレロワ!」
 白い柵で出来た扉を開きながら、ダリ少年が声を上げた。応じて各居室の窓から覗く顔、顔、顔。
 但し、窓に見えるどの顔にも警戒と怯えが感じられる。また、建物から笑い声やはしゃいで騒いでいる音は聞こえない。子どもがたくさんいるのに静かなのはゾッとしない。
 レムリアは窓の子達に笑顔を見せ、手を振った。子ども達はしばらくレムリアを観察するようにじっと見つめ、……なるほど、警戒は解かないが、避けるというほどでもない。
「ああ、ダリ、お帰りなさい。あらお友だ……」
 装束に身を包んだシスターの声にレムリアは目を戻す。
 シスターが自分を見、笑顔を作ろうとするのを見て、ちょっとイタズラ心。シスターに向け人差し指を口元に立て“し~っ!言わないで”。
「……うふふ。当院へようこそ」
 シスターベレロワは微笑んで言った。
「どうも。今日は町中で彼にハントされまして」
 レムリアはくすくす笑いながらダリ少年を指さす。ハントはガールハント。女の子へのラブモーション。
 対し、驚いて振り返るダリ少年。
「ハント……ちが……」
 真っ赤。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】マジック・マジック-3-

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★★★
 
 雑多な種類のお金。その中でひときわ目立つ100ユーロ札。
 もうやめるべきかな……小さくため息を付きながら彼女は思う。家からはそういうことをしてはならないと言われてはいる。しかし、書いた罪悪感の一方、仕送りだけではお小遣いが足らないのもまた確か。
 トランプを帽子にしまう。次いで、
「ありがとね」
 と鳩にクルトンをあげ、飛び立たせる。
 そして、イスを畳んで持ち上げた、その時。
「これしか。ない」
 目の前に差し出された50セント(0.5ユーロ)のコインと、たどたどしい発音の男の子の声。
「ん?」
 彼女は顔を上げる。破れて汚れた日本のアニメキャラクターのTシャツ。でも瞳だけは南の海のように青く澄んだ男の子。
Magicmagic3
 年齢は自分より随分下だろうか。顔立ちのわりに背が高いのでピンと来ない。
「なに?」
 彼女は小首を傾げて尋ねる。すると、
「僕、兄弟、たくさん。君、手品……」
 一生懸命。彼女はたまらず。
「どこの出身?おうちは?」
 チューインガムを差し出しながら尋ねる。男の子はガムを受け取ると、半分だけちぎって口に入れた。
「シチム……」
 小さな声で男の子が言う。
 彼女はそれを聞いて目を見開いた。
 シチム……聞いたことがある。以前のユーゴスラビア、コソボ自治州の村だ。独立を巡ってひどい戦乱があった。アルバニア系難民の男の子か。
「(逃げてきたの?)」
 スラブ語で彼女は尋ねた。
 今度は男の子が目を見開く。
「(君……?)」
「(少しなら言葉判るよ。それで?)」
 やはり内戦がらみであった。男の子は両親を失い、自分の妹、及び、同じ境遇の仲間達と共に、慈善団体の手によってこの町の孤児院に預けられたと語った。
「(それで……みんな怖がって施設に誰も近づけようとしないし外へも行かないんだ。大丈夫だって言ってるのに。でも君なら)」
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】マジック・マジック-2-

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★★
 
 つないだ手を持ち上げ、周囲に見せる二人。
「何か違和感ないですか?」
「え?」
 言われて、アベックはまさかとばかりに目を見開き、次いで互いの顔を見合わせ、つないだ手をゆっくりほどく。
 すると。
「おお!」
 出てきたのは1ペニー。
「それを先ほどの男性にお見せください。お兄さん。そのコインに間違いありませんか?」
 円めがねの男性が渡されたコインを観察する。
「……おお。おお、傷の具合といい、間違いない。僕のだ」
 男性が1ペニーを掲げて周囲に見せる。
 一方、白髪の女性は自分の両手を広げ、目を白黒。
「ブラボー!」
 アベックの男性が顔を紅潮させて言い、シルクハットを投げ戻す。
 彼女はそれを受け取って。
「以上昼下がりのイリュージョンでした」
 一礼。すると人だかりから拍手と歓声が上がり、シルクハットめがけておひねりが続々。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
 彼女は何度もお辞儀をしながら、飛んでくるコインや丸めたお札を受け取る。
「すごいわ。あなた本当にすごいわ。私の義理の孫にならない?」
 言葉はゆっくりながら、興奮を抑えきれない様子なのは白髪の奥様。
「これをあげる。いいえいいの、夫が死んで10年になるけどこんなに楽しい日曜日は初めてだわ。ありがとう、ありがとう」
 女性が出したのは何と100ユーロ(2011年春のレートで約1万2000円)の紙幣。
「え……」
 これはちょっともらいすぎ……彼女は思う。小遣い稼ぎが目的でマジックをやったのは確かだが、こうなるとだましているみたいで良心が咎める。
 でも、女性が素直に楽しんでくれて……。
「あ……じゃあ、いただきます。ありがとうございます」
 彼女は両手でお札を受け取り、帽子に納めた。
「じゃあ、本当にありがとう」
 にこやかに去ってゆく女性に彼女は手を振る。そして人だかりが去った後、転がっているコインやお札を拾って帽子に入れる。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】マジック・マジック-1-

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 オランダ・アムステルダム。
 歩行者天国になった休日の歩道に、人だかりが出来ている。
 レンガ造りの銀行の前。人だかりの中心で注目を浴びているのは。
 女の子。
 サラサラの黒髪を持った東洋系の娘である。小柄であり、黒い瞳がキラキラと輝き、その髪の毛は肩に触れない程度でスパッとカット。
「ではみなさんからおひとり、お手伝いをお願いしたいと思います」
 流暢なオランダ語を操る。彼女は会社の受付嬢を思わせるスーツ姿をしており、片手にはシルクハット。傍らの折り畳み式のイスの上には、トランプひと揃いに白鳩一羽。
 マジックのパフォーマンス。
Magicmagic1 「では、そこの奥様」
 彼女は挙手した白髪の女性を指名する。女性が人だかりから彼女の前に歩いて来、ニコッと笑う。
「あなた可愛いわ。マジックも面白いし」
「……ありがとうございます。さてもう一人お手伝いを。どなたか、コインかゴルフのマーカーを貸してくださいませんか」
 彼女の呼びかけに、丸めがねの若い男性が挙手。
「僕が魔法のペニーと呼んでるマーカー代わりのコインだ」
 男性は指先で、アメリカの25セントコインを弾いてよこした。
 彼女はそれを人差し指と中指で挟んでキャッチ。
 人だかりから小さなどよめき。
「この技を日本で真剣白羽取りといいます」
 何か違う。
「違ったっけ?」
 ぺろっと舌を出す彼女に小さな笑い。
「すいません続けます。ではこのコインを……奥様、どちらかの手に握ってください」
 彼女は女性にコインを差し出す。女性は少し迷った後、左手にコインを握る。
「さてそれでは最後最大のマジックです。このコインが瞬間移動します。ウノ、ドス、トレス……」
 彼女は手を叩いてパンと鳴らした。
 次いで。
「そこのあなた!」
 とフリスビーの要領でシルクハットを投げる。ハットはアベックで見ていた男性の頭にすっぽり。
 僕?と自分を指さす男性。
「そうです。今、あなたは、彼女さんと手をつないでますね?」
 ウィンクしながら尋ねる。
「ああ。まあ」
 
(つづく)

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